京浜急行 再スタートします【駅ぶら03】京浜急行01

2020.04.01

※コラムで使用する写真は筆者が切符などを買って鉄道と駅周辺をぶらぶら散歩した際にポケットのコンパクト・デジタルカメラ(SONY Cyber-shot DSC-WX800)で撮った手持ちのスナップショットです。切符などがあれば誰でも入場できる場所で撮影しています。撮影に当たっては利用者様のジャマにならない事と何よりも安全に配慮しています。【駅ぶら03】の写真は特記がないものは2020年1月-3月に撮影したものです。

・・・という理由で最初からリスタートします。本日から掲載時刻を毎日午前7時半にいたします。では、重複する部分もございますが、宜しくお願いします。

トップ画像は、鉄道チャンネルの取材でうかがった2017年(平成29年)5月の京急ファミリー鉄道フェスタの写真です。場所は京急ファインテック久里浜事業所(旧・久里浜工場)。古い写真ですみません。

【駅ぶら】第三弾は、山がちな三浦半島を貫いて走る京浜急行です。まずは京浜急行の歴史をおさらいします。

その元になったのは、1899年(明治32年)東海道川崎宿にほど近い川崎駅(後の六郷橋駅)から大師駅(現・川崎大師駅)まで標準軌(1435mm)で敷かれた大師電気鉄道でした。日本で三番目、関東では最初の電気鉄道会社、安田財閥の支援を受けた事から京浜急行は現在も芙蓉グループの一員です。大師電気鉄道は、その年に京浜電気鉄道と社名変更。1901年(明治34年)現在の大森駅~大森海岸駅(当時は八幡駅)~川崎駅が開業。翌1902年(明治35年)蒲田駅(現・京急蒲田駅)~穴守駅、六郷橋駅~川崎駅(現・京急川崎駅)が開業しました。

1904年(明治37年)いったん東京市電との相互乗入れのために馬車軌間(1372mm)に改軌されました。

1930年(昭和5年)京浜神奈川駅(現・神奈川駅)~横浜駅が開業。

同年、湘南電気鉄道の黄金町駅~浦賀駅間、金沢八景駅~湘南逗子(現・逗子・葉山駅)が標準軌(1435mm)で開業。

1931年(昭和6年)湘南電気鉄道が日ノ出町駅まで延伸、横浜駅から野毛山をトンネルで抜ける京浜電気鉄道の新しい線路が標準軌で接続し、横浜駅~浦賀駅の直通運転を開始します。

1933年(昭和8年)全線を標準軌に改軌し、品川駅~浦賀駅間の直通運転が始まり、これが現在の京急本線になります。

※2017年(平成29年)5月撮影

1941年(昭和16年)京浜電気鉄道、湘南電気鉄道が合併。

1942年(昭和17年)戦時下の鉄道統合で小田急電鉄とともに東京横浜電鉄に合併され東京急行電鉄(大東急)が発足。同年、横須賀堀内駅(現・堀ノ内駅)~久里浜駅(現・京急久里浜駅)開業。

1948年(昭和23年)戦時下の交通統合が解かれ、京浜急行電気鉄道株式会社が設立され、現在の京急線を譲り受け営業開始。

※京浜電気鉄道時代、1924年(大正13年)に現在の川崎重工業車両カンパニーで20両が造られた51号形電車。1964-1965年まで活躍しました。京急ファインテック久里浜事業所で2017年(平成29年)5月撮影。

1968年(昭和43年)泉岳寺駅~品川駅間が開業し都営地下鉄1号線(現・都営浅草線)と直通運転開始。

1975年(昭和50年)久里浜線が三崎口駅まで全線開業。

1985年(昭和60年)京浜逗子駅、逗子海岸駅が統合され新逗子駅(現・逗子・葉山駅)になりました。逗子海岸駅~新逗子駅間(現・逗子・葉山駅)は廃止。

・・・と極めて簡単にまとめましたが、流石に2019年(令和元年)に開業120周年記念を祝っただけあって長い歴史があります。

字ばかりで申し訳ありません。次回からは京急本線品川駅から【駅ぶら】スタートします。

※2017年(平成29年)5月撮影

エイプリルフールなので気の利いたウソをつきたいのですが・・・。

では、【駅ぶら03】京浜急行02 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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