トップ画像は、北品川駅下りホームから撮った京急1000形電車。2002年(平成14年)に営業運転を開始しました。2100形の車体・主要機器をベースに設計されていますが2002年登場の1次車から2006年(平成18年)の5次車まではアルミ軽合金製。6次車以降は京急初の軽量ステンレス製車体。側面は塗装ではなく赤と白のカラーフィルムが貼り付けられています。前面ガラスの分割が異なるのでアルミ車とステンレス車の見分けは容易です。136とあるので2010年製・10次車の8両編成ですね。

さて前回に続いて京急北品川駅から旧東海道を新馬場駅の方に歩いています。この辺りは戦時中に空襲に遭わなかったという稀なエリアで関東大震災にも耐えた建築が残っています。これは明治創業の星野金物店。

こちらは慶応元年(1865年)ですから明治維新の前の創業という丸屋履物店。客が台と花緒を選んだら、客の足に合わせて花緒を調整してくれると言う江戸時代からのスタイルを守っているお店。下駄も台と花緒を選んでオリジナルを作ってもらえます。煙草屋の佇まいも良い風情です。

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旧東海道、一心寺の正面の道を入っていくと天台宗明鏡山善光院養願寺があります。

正安元年(1299年)に開かれた古いお寺。御本尊の虚空蔵菩薩は4・11月の大祭時に開帳されます。本尊の脇に安置されている鎌倉時代に造られた銅造阿弥陀如来立像と木造不動三尊像は品川区指定有形文化財です。久しくお祭りにも行っていないので4月の第2週末の大祭にでかけてみたいと手帳にメモりました。すごい人出だそうです。

新馬場駅が近くなってきました。品川宿本陣跡の碑が建っています。横の松は「土山宿の街道松」で東海道五十三次、起点の日本橋の次が品川宿ですが、滋賀県甲賀市にある49番目の土山宿から平成9年(1997年)に寄贈された松と書いてありました。本陣跡は、もう少し奥の聖蹟公園にあります。

ここで旧東海道は新馬場駅の下を通る国道357号線と交差しています。カメラの背後が国道です。左手に品川神社からの北馬場参道通りがつながっています。

北品川駅に戻るには遠くなってしまったので新馬場駅に向かいます。参道通りを第一京浜道路に向かって歩くとこんな古い建物がありました。明治時代に建てられた一軒家で大正時代は「松本酒店」として営業していました。その後1987年(昭和62年)まではモツ煮込みが名物の居酒屋「松本屋」でした。閉店から30年経って、現在はレンタルスペースになっているそうです。新馬場駅に統合される前の北馬場駅の看板が店内にあるそうですが暗くてよく見えませんでした。

※読者の方から3月初頭からこの一帯が解体工事で現存していないというご指摘をいただきました。撮影は2020年1月22日です。その後、筆者はこのエリアに行っておりませんのでご指摘いただいた件は知りませんでした。改めて訪問の機会を作って現状を報告させていただきたいと思います。ご指摘ありがとうございました。いずれにしましても、風景の記憶として残せれば幸いです。

魚ミチという飲食店の建物が明らかに古そうなので写しましたが詳細は分かりません。ちょっと寄って一杯やりたくなる雰囲気です。

六番の碑がありました。虚空蔵横丁とあります。この路地を入って行くと先ほどの養願寺の前に出るのです。右は先ほどの碑があった品川宿本陣跡。

第一京浜を背に、北馬場参道通りです。

第一京浜に出ると品川神社があって新馬場駅です。では、次回【駅ぶら03】京浜急行07 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)