郷愁のテキヤ・マジック【駅ぶら03】京浜急行24

2020.04.25

トップ画像は、京急川崎駅地上階の大師線ホーム。京急1500形電車、1985年(昭和60年)製造2002年(平成14年)に車体更新された4両編成。2020年1月21日撮影なので電車に2020年のヘッドマークが付けられています。

高架の本線ホームが4番-7番というのは、大師線が1-3番ホームだから。車両のない写真をご覧ください。降車専用ホームの札が下がっているのが2番線、島式ホームでその向こうに1番線がありますが、正月など川崎大師への初詣客などをさばく場合しか使われません。その場合は「降車専用ホーム」が「乗車専用ホーム」に替えられ、左の3番線が降車専用ホームになります。

話は六郷土手駅を出発するトコロからです。約550mの六郷川橋梁を渡って東京都大田区から神奈川県川崎市に入ります。橋の川崎寄りには下り線用の信号がまとまってありました。その先には渡り線。橋梁を渡り終えると右にカーブして京急川崎駅に着きます。左に下っている線は大師線につながっていますが直接定期運行される列車はありません。回送列車が引き上げ線に駐まっていました。京急川崎駅本線は島式ホーム2面4線です。

京急川崎駅、本線の下りホームと上りホームは少しズレて設置されています。下りホームが車両1両分くらい浦賀側にズレています。

乗って来た普通浦賀行は京急川崎駅で緩急接続でしばらく停車しました。

ここから撮影日が違うので天気が良いです。上りホームから浦賀方面を見ています。

上りホームの浦賀側端部。上りホームは少し品川側にズレているので下りホームに停まっている電車がこんな風に見えます。

同じ場所から品川方面を見ています。下りホームの右端から4,5,6,7番線です。

上りホームの品川側に行きます。左にカーブした先に六郷川橋梁があるので見えません。同じ様な事が六郷土手駅でも起こっていました・・・。

駅名標。1902年(明治35年)川崎駅として開業しました。とは言え、既に鉄道省の川崎駅は1872年(明治5年)に開業していました。混同を避けるために1925年(大正14年)京浜川崎駅に改称されます。1966年(昭和41年)本線が高架化され大師線は新ホームになりました。1987年(昭和62年)京急川崎駅に改称。

余談です。子供の頃、たぶん小学校低学年だった頃に川崎大師に連れていってもらった記憶があります。その時にたぶん初めて川崎駅から歩いて京急川崎駅に行き大師線に乗りました。何だか濃い赤色の電車だった事を覚えています。

川崎大師の参道にはものすごい数の屋台・テキヤさんが並んでいて、中でも黒い布を敷いた台の上に100円玉(今の貨幣価値だと1000円くらいの感覚)を置いて、それに3つの金属のカップをかぶせ「どれに入っているか」を当てさせるおじさんがいました。ほとんどマジックの様で面白かったのです。もちろん「サクラ」らしい子供は当てて100円もらっていくのですが、1回30円だか50円でしたが、誰も当たらないのです。その後これは、他の場所では見たことが無いです。

と言うようなコトを思い出しつつ、次回は京急川崎駅周辺を歩いてみます。

そうそう、この日の撮影は4日目で、朝、鶴見市場駅の再撮からスタートして京急川崎駅に来たのが12時頃、オナカがペコペコだったので京急川崎1階構内の「えきめんや」さんでお昼を食べました。今日の【EKISOBA】にアップします。

【駅ぶら03】京浜急行25 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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