由良川橋梁や奈具海岸、絶景を駆ける丹後の観光列車「あかまつ号」「くろまつ号」に乗ってみた【乗車レポート】

京都丹後鉄道は京都・兵庫北部を走るローカル鉄道。北近畿タンゴ鉄道(※)の時代から「丹後くろまつ号」「丹後あかまつ号」「丹後あおまつ号」という三種の観光列車を運行しています。
車両デザインを担当したのはJR九州の観光列車デザインでも名を馳せる水戸岡鋭治さん。既存車両をリニューアルして生まれ変わった三本の松は一級河川由良川や奈具海岸といった風光明媚な沿線地域を駆け、乗客に北丹後の景色を披露しているようです。
過去にスカパー「鉄道チャンネル」の「旅する観光列車 ~あの絶景と絶品グルメを求めて~」でも「あおまつ号」「くろまつ号」を取り上げていますが、今回取材で乗せていただいたのは「あかまつ号」と「くろまつ号」。各列車の違いから乗車方法、アテンダントさんのサービス、丹鉄沿線の絶景スポットに至るまで、がっつりレポートします!
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※……設備や車両を北近畿タンゴ鉄道が保有し、車両の運行をバス事業者であるWILLER株式会社の100%出資子会社「WILLER TRAINS株式会社」が担う上下分離方式を採用し、2015年4月1日より「京都丹後鉄道」の名称で運行しています。
グレードは「くろまつ」>「あかまつ」>「あおまつ」

乗車レポートに移る前に各観光列車の紹介をしておきましょう。
最もグレードの高いサービスを受けられるのが「丹後くろまつ号」です。京都丹後鉄道のウェブサイトから事前予約を行ったり、乗車プラン付きの旅行会社のツアーに申し込んだりすれば乗車できます。運行日は金・土・日・祝日。現在は西舞鶴~天橋立間を1日2往復し、往路復路合わせて1日4コースを提供しています(運行区間は時期によって異なります)。
「丹後くろまつ号」は全てのコースが内容の異なる食事つき。2020年2月現在なら……
朝 ミニスイーツが楽しめる「スイーツコース」 4,900円
昼 海軍割烹料理のフルコースを味わう「ランチコース」 11,000円
午後 列車内で茶会を行う「茶会コース」 3,900円
夕方 おつまみと地ワインを味わう「えらべるほろ酔いコース」 4,500円
の4つのコースを選べます。各コースとも半年ごとにツアー内容が更新されており、来期2020年4月~9月は「森の朝食コース」(※福知山発)「お伽御膳コース」「大人のスイーツコース」「丹後地肴コース」が設定されています。定期的に体験内容やお料理を変更することで「また行きたい」と思わせてくれます。
1番人気はランチ時間帯に運行する昼食付きのコースで、時期にもよるもののおよそ85%~90%ほどと高い乗車率を誇ります(記者が乗った日は満席でした)。丹鉄の担当者さんによると主な利用者は関西圏の40代~50代の女性。「動く列車内で料理を食べるのが面白い・新鮮」といった声も多く、観光列車ファンのみならず旅行好きの方々の心を捉えているようです。

「丹後くろまつ号」より気軽に乗れるのが「丹後あかまつ号」です。こちらは月・木・金・土・日・祝日に運行。乗車区間の通常運賃と乗車整理券 (550円)で乗車出来るリーズナブルな観光列車です。2020年2月現在の運行区間は「丹後くろまつ号」と同じで、西舞鶴~天橋立間を1日2往復。お食事はつきませんが、車内販売の地ビールや丹鉄コーヒーを楽しみながら、ソファ席・カウンター席から窓外の景色を楽しむことができます。
確実に乗りたいなら京都丹後鉄道のウェブ予約から事前に乗車整理券を手配すべきですが、席が余っていれば乗車当日の駅窓口で整理券を購入することもできます。そのお手頃感や気軽さから、客層の幅は「くろまつ」より広く、台湾を中心とするインバウンドの方にも人気があります。「丹後あかまつ号」ウェブ予約の使用言語比率は中国語3割、英語2割と半分近くが外国人なのだとか。
※……ただし令和2年2月17日(月)~令和2年3月6日(金)は車両検査のため運休。

最もリーズナブルに乗車できるのが「丹後あおまつ号」です。なんとこの列車、毎日運行しているうえに特別な料金が必要ありません。予約すら必要ないので普通に乗車券だけで乗ってしまってOKです。「あかまつ」同様に車内販売などのサービスもあります。
「丹後あおまつ号」の現在の運行区間は福知山~天橋立、天橋立~西舞鶴間。最も早い時間帯にアクセスの良い福知山から天橋立行きの「あおまつ」を走らせることで、天橋立や西舞鶴発の「あかまつ」「くろまつ」に乗り換えられるようにと配慮されたダイヤになっているわけですね。
ただし残念なことに令和2年1月22日(水)~令和2年3月22日(日)までは定期検査のため一般普通車両で運行を行っています。記者も「あおまつ」車両に乗ることはできませんでした。一般車両での運行中は車販もない普通の列車になりますので、今年の春以降に再チャレンジしたいところです。
豊岡にはいかない?

京都丹後鉄道の路線には、宮津と福知山を結ぶ「宮福線」、西舞鶴と宮津を結ぶ「宮舞線」、宮津と豊岡を結ぶ「宮豊線」という愛称がついています。2020年現在、天橋立~豊岡間に観光列車は設定されていません。
実は「丹後あかまつ号」「丹後くろまつ号」にもかつては天橋立から豊岡まで運行するコースが設定されていました。しかし豊岡まで行くとなると運行本数を減らさざるを得ず(乗車機会も減ります)、また天橋立~豊岡間のような山中の景色は京都丹後鉄道に乗りに来るまでに十分楽しんでいるといった理由から、海岸沿いの西舞鶴~天橋立間がメインの運行コースとなった模様です。
記者も今回丹鉄全線に乗ってみたのですが、やはり丹後神崎~天橋立までの海沿いが一番「推せる」区間でした。宮福線や宮豊線の雪化粧をする山肌も良いのですが……。
絶景を行く「丹後あかまつ号」

乗車レポートに移りましょう。
今回取材で乗車させていただいたのは、2月8日10時29分西舞鶴発の「丹後あかまつ号」です。定員33名ですが、この日の乗客数は目視で23名ほど。男女比はほぼ半々。雨の日であったことや新型肺炎の流行もあり、インバウンドらしき姿はあまり見られませんでした。


「あかまつ」車内ではテーブルや椅子は固定されており、一人用の席も用意されています。ただ、乗車整理券はあっても座席が指定されているわけではありませんので良い座席は早い者勝ちです。



綺麗な車内だなあ、ときょろきょろしている内に乗客の皆さんが思い思いに着席し、列車は定刻通り西舞鶴を発車。1時間20分程度の短い旅路が始まります。
「丹後あかまつ号」は10時36分頃に四所駅を通過し、10時39分頃に無人の東雲駅に到着。停車時間はおよそ20分。車内でコーヒーを飲んだり車外に出て車両の外観や駅舎の写真撮影を行ったりと、ちょっとしたブレイクタイムが始まります。

東雲駅を出発すると、11時7分に丹後神崎駅へ。ここから第一の絶景へと差し掛かります。一級河川由良川にかかる「由良川橋梁」は京都府で一番長い橋であり、通過中に川と海の境目にあたる眺望が楽しめるのです。アナウンスが入ると乗客の皆さん連れだって車両の前後に集い始めました。



ちなみに外から見ると↓のようになるはず。

由良川橋梁は丹後由良駅から徒歩15分ほど。丹鉄は福知山~天橋立間以外電化されておらず、電線もパンタグラフもない車両の写真が撮れるため、この由良川橋梁は鉄道写真ファンの間では人気の高いスポットです。一時間に上り下り各1本程度と撮影チャンスは限られますが、観光列車は徐行するため落ち着いて写真を撮ることができます。
11時11分頃に丹後由良駅に到着すると、今度は再び海岸沿いを走ります。11時14分頃に丹後由良海水浴場、若狭湾の奈具海岸と続けざまに通過。ここもまた由良川橋梁に次ぐ絶景ポイントです。

11時22分頃に栗田(くんだ)駅着。しばし休憩が入り、11時31分頃発車。
11時37分に終点天橋立の一つ前の駅である宮津に到着するのですが、その直前で「丹後くろまつ号」すれ違い、お互いの窓越しに手を振りあいました。「丹後あかまつ号」は宮津駅で4分ほど停車し、定刻通り天橋立に着しました。
西舞鶴から天橋立まで乗り通して気付いたのはアテンダントの対応の良さ。残念ながらこの日は雨の日でしたので、由良川も奈具海岸も絶景感は薄かったのですが、それを補うだけの温かさが車内にあふれていました。
京都丹後鉄道の観光列車ではアテンダントさんの意見がしっかりサービスに反映されており、車内に置くグッズ類なども一つ一つ彼女らがチョイスしているとのこと。また手作りのInstagram風のパネルを用意したり、(これは雨の日限定でしょうが)絶景到着前にさりげなく窓を拭いてくれたりするなど、利用者が居心地よく過ごせるよう日々サービスを磨いているそうです。

丹後くろまつ号の料理は控えめに言って最高

今度は天橋立から西舞鶴へ折り返す「丹後くろまつ号」へ乗車します。

一番グレードの高い「丹後くろまつ号」のランチコースを見てみましょう。2020年3月までは丹後の名店「アメイロ ビストロアルル」の常塚高志さんが、100年の時を経て復刻された「海軍割烹術参考書」から考案した海軍レシピを提供しています。





お料理はさすがに名店が提供するだけあってどれも絶品の一言。丹後特産「へしこ」のフィッシュコロッケの味わいも濃厚で、ペースト状のリエットなどは「パンにつけて食べたら美味しそう」と相席のご婦人方の間でも好評でした。
また、この日のランチコースでは「天橋立ワイナリー」が提供する甘口の赤ワインと白ワインが飲み放題でした。ミネラルをたっぷり含んだ阿蘇海の牡蠣殻を肥料に育ったブドウから生まれたワインは、お酒の苦手な記者の喉もするっと通る逸品でした。ワイン好きなら絶対に乗るべきだと断言します(個人的な意見としては白ワインの方が甘くて飲みやすくておすすめです)。
もちろん料理だけではありません。「丹後あかまつ号」同様、奈具海岸や由良川橋梁を通るときはアナウンスが入り、ゆっくりと時間をかけて絶景を楽しむことができます。また午前中の「丹後あかまつ号」では停車するだけだった東雲駅では、「丹後くろまつ号」の長時間停車にあわせて地元の方々がマルシェを開いており、丹後地方の特産物を購入することも出来ました。



西舞鶴~天橋立間の運賃は650円。これにフルコースのお料理と食後のデザートにお茶・コーヒー、お土産までついてきてワインが飲み放題。アテンダントさんが数名乗車し、沿線の観光案内や写真撮影などに応じたくれます。しかも京都丹後鉄道はレストラン側へマージンを請求していません。そう考えるとランチコースの11,000円はかなりの破格値と言えるでしょう。
本当にそんな価格でやっていけるの……?と疑問に思わなくもないですが、これもまた戦略なのでしょう。低価格で高品質なサービスを提供することで、観光地である天橋立や沿線へ誘客しお金を落としてもらう。沿線地域を活性化して沿線利用者の生活を潤わすことが出来れば、生活路線としての基盤も強化できるというわけです。
相席が苦手なら午後のコースを狙う手もある
「丹後くろまつ号」ランチコースは人気の高さゆえに予約が難しく、満席に近い状態になってしまうと見知らぬ方と相席になることがあります。
記者は今回3名のご婦人方と相席させていただきました。ありがたいことに皆さん大変気の良い観光列車のファンということで、およそ2時間にわたる乗車時間を楽しい雰囲気のまま過ごさせていただきました。旅先で知り合った方同士お料理や景色の話で盛り上がれるのもまた「丹後くろまつ号」の魅力です。
そうは言っても見知らぬ方との相席は一人旅愛好家には厳しいものがあります。また、お昼のランチコースがいくら破格とはいえ一万円以上支払うとなると少し躊躇われてしまう……という方には、比較的空いている午後のコースに乗るのも手です。乗車区間が同じであればやはり同じように絶景が楽しめますし、周りに気兼ねすることなく乗れるのはコミュニケーションが苦手なタイプには嬉しい。


今回は茶会コースにも乗車させていただいたのですが、こちらは列車の中でお茶を立てるという面白い体験が出来るコースでした。茶会コースの後には「ほろ酔い」コースもあるので、お酒が好きならそちらを検討してもいいでしょう。
人気の秘訣はアテンダントの連携?

丹鉄の誇る観光列車「丹後くろまつ号」と「丹後あかまつ号」(と、あおまつ号)。実際に乗ってみて感じたのは、観光列車の基本がしっかりと抑えられていることでした。
・由良川や奈具海岸など沿線の景色が楽しめる
・美味しいお料理やお茶菓子
・アテンダントのサービス
他にも、同じ路線に複数の観光列車を走らせることで様々な価格帯のサービスを提供しているのも他の鉄道に対する強みと言えるでしょう。
取材してみて分かったもう一つの強みは、現場のアテンダントの意見を重視していること。
たとえば「丹後あかまつ号」では前述の通り車内のグッズ類はアテンダントが揃えていますし、写真撮影用のグッズなども手作り。「丹後くろまつ号」でもコース料理の提供タイミングやアナウンスなどはアテンダントが決めています。最終的な観光列車のコース設定に関しては他の事業者さんとの兼ね合いもありますが、現場のことを良く知るアテンダントの意見は全て企画営業にフィードバックされており、現場の権限が強い観光列車とみなすこともできるでしょう。
アテンダントさん同士の連携も強力です。たとえば今回の記者のように午前は「あかまつ」午後は「くろまつ」といった形で観光列車を乗り倒す方も大勢います。そういった場合はアテンダント同士で情報を共有し、午前と午後で提供する丹鉄コーヒーのブレンドを変えておすすめしてみるなど、利用者により良い体験を提供できるよう工夫を重ねているようです。
印象深いエピソードも一つ教えていただきました。少し前の話になりますが、「丹後くろまつ号」の今でいう「ほろ酔いコース」に相当する回に、シンガポールからのご家族が乗車されたことがありました。偶然にも貸切状態となり、アテンダントとのやり取りの中でその日がお父さんの誕生日であったことが判明。そこで、アテンダント一同でサプライズとしてハッピーバースデーの歌を歌い、ケーキを切り分けて提供することになりました。
これは偶然がいくつも重なった特殊な事例ですが、東雲駅の駅マルシェしかり、茶会列車しかり、京都丹後鉄道の観光列車は「コト」を重視し、なんらかの体験をサービスの中に盛り込めるようにしているそうです。ただ単に綺麗な景色が見たいとか、美味しい料理を食べてみたいだけじゃなくて、何か特別な体験をしたい……そんな思いを抱いたら、丹後へ足を運んでみるのが良いでしょう。
記事/写真:一橋正浩