トップ画像は、戸部駅を通過する下り快特三崎口行。横浜側に急カーブがあって減速するため通過スピードが遅いので鷹揚に構えていたらシャッターが0.何秒か遅かったかもしれません。でもボディがキレイなので。

横浜駅を出発しました。地上を進んだ後、高架に上がってゆきます。駅の遺構が見えました。駅跡は、京浜電気鉄道時代、1931年(昭和6年)に開設された平沼駅です。戦時中の1943年(昭和18年)に営業休止。翌1944年(昭和19年)に廃止されました。廃止後の1945年(昭和20年)横浜大空襲で駅は壊滅的な被害を受けました。廃止された平沼駅跡は、1999年(平成11年)まで架線柱として使用されていたことや、戦禍を後世に伝える目的で残されています。かつては線路を跨ぐ鉄骨屋根の跡もありましたが老朽化で崩壊の危険があったため1999年に撤去されました。プラットホームの遺構は腐食・崩壊を防止するためにプラスチックでコーティング処理されています。今でも横浜大空襲のあった5月29日には京急の方々により慰霊祭が駅の跡地で行われています。二代目横浜駅遺構から歩いても5分ほどの場所にあるので、下まで行って平沼駅の遺構も撮ってくればよかった、と後悔しています。高架線が続きます。帷子川の支流を渡り道路をトラス橋で越えます。このカーブがキツく通過速度が40km/hに制限されます。戸部駅、横浜駅から1.2kmです。島式ホーム1面2線。浦賀側にはトンネルがあります。

ここからは【駅ぶら】カット。浦賀側のトンネルに下り快特三崎口行の電車が入ってゆきます。トップ画像で戸部駅を通過した車両です。

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ホーム幅がやや狭いです。上り列車が出発してゆきます。

駅名標も狭いホームなので下から見上げる形になりました。戸部駅は、1931年(昭和6年)開業。2007年(平成19年)から2011年(平成23年)にかけてホーム下の耐震補強工事が実施されました。

地上に降りて改札口。

改札口の外から、エレベーターは奥にあります。

駅出入口は品川側に一箇所。国道1号線に面しています。

国道の東側から、京急線のガードに戸部駅としっかり表示されています。右が品川駅になります。

反対側からも1枚。

駅の周辺を【駅ぶら】しましたが、特にコレといった被写体はありません。1km近く歩けば横浜開港時に設けられた神奈川奉行所跡がありますが、流石に遠い。古い民家が昭和レトロで懐かしいので撮っていました。これは筆者の趣味です。

足下で小鳥が餌を啄んでいます。逃げないのでアップで撮れました。鳥類にも疎いので種類がわかりません。野鳥のページで探してみたのですが・・・。御存知の方、いらっしゃいましたらご教示ください。

何、小鳥の写真など撮っているのだ、とお叱りをいただきそうです。次の日ノ出町駅の周囲はしっかり歩いてきます。

【駅ぶら03】京浜急行50 に続きます。

(写真・記事/住田至朗