駅の歴史が複雑です【駅ぶら03】京浜急行104

2020.07.15

トップ画像は、逗子・葉山駅に到着したエアポート急行。京急1000形一次車のトップ番号。8両固定編成。

さて、南口改札に入ります。

改札口の内側から外を振り返っています。

車止めにドイツRAWIE社の高性能バッファーストップが設置されています。

スロープでホームに上がります。

北口、金沢八景方向にホームを進みます。

出入口の案内。南口が逗子海岸、北口がJR逗子駅です。

旧駅名標。1930年(昭和5年)湘南電気鉄道が浦賀駅~黄金町駅間を開業した年に、湘南電気鉄道によって金沢八景駅から湘南逗子駅までの支線も標準軌(1435mm)で敷かれ湘南逗子駅が開業しました。

1931年(昭和6年)支線を0.4km延長して新たに湘南逗子駅葉山口乗降場が開設されました。最初に開業した湘南逗子駅は、湘南逗子駅沼間口乗降場に改称されました。京浜電気鉄道、戦時下の大東急時代、1942年(昭和17年)葉山口乗降場が廃止され、0.4kmの延長分は短縮され開業時の姿に戻りました。1948年(昭和23年)京浜急行電鉄の駅になって、再び0.4kmの延長部分が復活。葉山口乗降場も「逗子海岸駅」として再開されます。現在の「新逗子駅入口」交差点付近に逗子海岸駅があったそうです。

1963年(昭和38年)湘南逗子駅が京浜逗子駅に改称されました。

1985年(昭和60年)輸送力増強で8両編成に対応するためホームが延長され、京浜逗子駅と逗子海岸駅は廃止となり、新たに新逗子駅として統合されます。北口は旧京浜逗子駅舎をそのまま流用、南口は新設されました。南口駅舎は、ダンスホールのあった旧逗子海岸駅舎のスタイルを反映したものです。

ちょっと分からないのは、北口からホームにつながる現在の高架通路がその時に作られたのか、1991年(平成3年)に旧京浜逗子駅舎に換わって駅ビル「ニート新逗子」が建てられた時に作られたモノなのかが不明なのです。地元の知り合いに問い合わせましたが、残念ながら「自分は基本的に横須賀線ユーザーなので新逗子駅の当時の様子は正確には覚えていない」という返事でした。

こちらは、2018年(平成30年)4月に登場した木目調の駅名標です。湘南電気鉄道時代の黄金町駅~浦賀駅間、金沢八景駅~新逗子駅間の開業88周年を記念して、新逗子駅、黄金町駅、浦賀駅に翌2019年(令和元年)3月まで設置されました。筆者はその期間に新逗子駅で「おっ、木目調駅名標だ」と偶然見て撮影していました。

※2018年6月撮影

新しい駅名標です。サイズを揃えれば良かったですね。

今回の駅名改称で駅名に中黒「・」(中点とも言います)の打たれる駅が京急に二箇所登場しました。1つが逗子線の「逗子・葉山」駅、もう一つが空港線の「羽田空港第1・第2ターミナル」駅です。私鉄、特に軌道線(路面電車)には「・」の駅名が意外に多いのです。大手私鉄では、2019年に阪神電車本線の鳴尾駅が「鳴尾・武庫川女子大学前駅」に改称されています。愛知の名鉄犬山線にも「徳重・名古屋芸大駅」がありますね。

出発前に南口改札にも行きました。

これが北口改札からホームに行く約100mの高架通路です。

通る度に「ちょっと遠いなぁ」と思います。

北口は改札まで上りエスカレーターと階段、この高架通路もホームからの上りエスカレーターと階段しかありません。

階段を降りてホームです。

ちょうどエアポート急行が発車寸前でした。乗り込みます。

踏切が閉まって、出発します。

ようやく出発します。

【駅ぶら03】京浜急行105 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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