※2009年12月撮影

トップ画像、雨の鳥取駅から因美線キハ47-3018で智頭に向かいました。「長征」3日目です。この車両も1981年(昭和56年)の製造時は、キハ47-1124でした。キハ47形暖地仕様トイレ無。ロングシート化改装で1996年(平成8年)に3018に改番されています。

※トップ画像は撮影時が4:3でしたのでトップ画像用の16:9に加工しました

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智頭駅でキハ120-336に乗り換えて津山駅に向かいました。

※2009年12月撮影

因美線は正式には東津山駅までですが、基本的に津山駅まで運行されます。津山駅からは津山線で岡山に向かいました。この時の先頭車両がキハ47-1022でした。JR西日本は「塗装工程簡略化」でキハ40系をどんどん単色の首都圏色に塗り替えています。実車を確認していませんがキハ47-1022も朱色5号に塗り替えられた様です。

※2009年12月撮影

この頃は、まだ首都圏色に塗り替えられていないキハ40系がありました。津山駅構内です。この奥にある扇型機関車庫が、2016年(平成28年)に「津山まなびの鉄道館」として公開されました。もちろん筆者も行きました。その時、津山駅構内のキハ40系は首都圏色しか駐まっていませんでした・・・。

※2009年12月撮影

津山線で岡山駅、山陽本線で福山駅、福塩線に乗り換えて府中駅。福塩線も不思議な線で福山駅~府中駅間は電化されています。日本全国で広島県府中市と東京都府中市の2つの市だけが唯一の同じ市名を名乗っていましたが、2006年(平成18年)福島県に伊達市が成立し、北海道伊達市と同一市名になりました。

府中駅から非電化の福塩線で終点は塩町ですが全列車が芸備線を走って三次駅まで運行されます。写真は、三次行のキハ120形気動車。車番は不明です。

※2009年12月撮影

15:03発で16:54三次駅着。営業キロ61.5kmを1時間51分かけて走ります。山間部で急カーブが多く速度制限が15km/hという区間もあるのです。三次に宿泊して、翌日は、2018年(平成30年)3月いっぱいで廃止されてしまった三江線に乗ります。

三次駅、芸備線広島側の列車が停まっていました。三次駅~備後落合駅間はキハ120形1両ですが、広島側はキハ40系です。現在芸備線のキハ40系は全て首都圏色に塗り替えられてしまいました。先頭車両はキハ47-1071。今は見ることの稀な広島色です。芸備線に来るまでは山陰線で首都圏色だった様です。

※2009年12月撮影

明けて「長征」4日目。この旅の目的の1つ三江線に乗ります。三次駅0番線から5:47発の浜田行、早朝なので真っ暗。でも次は夕方まで運行されないのです。途中までの列車が2本ほどありますが江津まで行くのは1日2本だけなのです。

浜田行でしたが江津駅で下車しました。これが乗って来たキハ120-312。

※2009年12月撮影

江津駅で見つけた飾り。

※2009年12月撮影

江津駅から山陰線で出雲市駅、ここで2時間の乗り継ぎ待ち、ここからキハ40系で宍道駅まで行ったのですが、写真を撮っていませんでした。宍道駅駅舎正面。

※2009年12月撮影

宍道駅からは木次線です。木次線に乗るのもこの鉄道旅の目的でした。14:00発の備後落合行です。15:40出雲横田駅、ここで20分の列車交換待ち。これが備後落合行キハ120-6。ステンレス車体です。乗客が全員降りてしまったので不安になりました。運転士さんに確認したら「今日はお客さん一人で満員御礼」と笑われて安心しました。

※2009年12月撮影

出雲横田駅正面。

※2009年12月撮影

列車交換で備後落合から到着した宍道行。乗客はゼロでした。

※2009年12月撮影

乗客一人だけ乗せて備後落合行は進行します。冗談を言っていた運転士さんとはすっかり打ち解けてしまいました。有名なスイッチ・バック手前の出雲坂根駅では「待っているから延命水を飲んできなさい」とか、スイッチ・バックでは減速して写真撮影ポイントを教えてくれるし、三井野原駅からの延々と続く下りではキハ120の運転と燃費について体験実話を教えてもらいました。当時50代の筆者よりも年上の(人生の)先輩でした。

17:01に備後落合到着。4分後に出発の芸備線三次行に乗り換えました。一服できない・・・としょげていたら若い運転士さんでしたが、乗客が筆者一人だけだったので「クリスマスプレゼント」と言って木次線の運転士さんと談笑して出発を少しダケ遅らせてくれました。

既に駅は真っ暗、写真が撮れなかったのでこれは2015年12月の備後落合駅、木次線ホームから芸備線三次行を見ています。

※2015年12月撮影

この夜は12月24日、クリスマス・イヴだったのです。こんなこともあって、運転士さんと仲良くなりました。「こんな山の中、一人で、しかも歩く様な速度で運転していて怖くないですか?」と尋ねると「今は冬休みで高校生がいないから、ほとんど一人っきりのことが多いです。雨の降る最終便は流石に怖いので大声で歌ってますよ」と教えてくれました。備後落合駅から比婆山駅まで駅間は5.6kmですが、山深い所を急カーブが連続していて落石注意も多く、実際に20分くらいかかったのです。

彼のクリスマス・イヴは「三次駅まで行って、最終の備後落合行を運転して23時頃戻り、備後落合駅で翌朝の5時半の始発なので5時まで寝ます」「メシは三次のコンビニで、イブなので小ビールと弁当を買って備後落合の宿舎で食べます」「備後落合駅で一晩一人っきりというのは マジでシビれますよ」とのことでした。そりゃシビれます。

この夜から10年の時間が流れました、30歳くらいだった運転士さん、今も元気で運転してるかな。

三次駅に到着後、筆者は福塩線で福山、山陽本線で岡山に移動して翌日からの四国「長征」に備えます。しかし、この後、とんでもないクリスマスプレゼントが待っていたのです。

(写真・記事/住田至朗)