茅沼駅で丹頂鶴を激写【50代から始めた鉄道趣味】275

2020.05.19

※2008年3月撮影

トップ画像は、2008年(平成20年)3月に仕事で釧路に行った時に撮った釧路湿原です。コラムに追記しましたが、短時間でしたが釧路に来たことを忘れていました。しかし、同じ3月でも雪が少ない年だったのですね。夜、釧路の居酒屋で誕生日を祝ったので3月14日前後です。

釧網本線についておさらいします。太平洋岸の釧路とオホーツク海沿岸の網走を結ぶために建設されたものです。1924年(大正13年)から網走本線を延長する形で1929年(昭和4年)に札鶴(現・札弦駅)まで開業。釧路側は、1930年(昭和5年)に川湯温泉駅まで釧網線として開業。このうち標津から弟子屈(現・摩周駅)までは1896年(明治29年)に休止、事実上廃止された釧路鉄道の旧路盤を転用しています。1931年(昭和6年)全通しました。

※2008年3月撮影 茅沼駅釧路方面

JR北海道は2016年(平成28年)「自社単独で維持することが困難な路線」10路線13区間を発表しました。その中で釧網本線は「自社単独では老朽土木構造物の更新を含め『安全な鉄道サービス』を持続的に維持するための費用を確保できない線区」とされています。

※2008年3月撮影 茅沼駅でエサを啄む丹頂鶴。駅が有人時代の1964年、自然災害でエサ不足を心配した駅長さんが自腹で始めた給餌がその後は駅員に引き継がれ、1992年無人駅になってからは地元の方々がエサをやっています。

釧網本線は起点が網走駅、終点が東釧路駅の166.2km。起終点含め25駅あります。全線非電化の単線です。この区間も人口希薄地帯です。むしろ沿線にオホーツク海(流氷)、小清水原生花園、世界自然遺産の知床半島、阿寒湖、摩周湖、釧路湿原など観光資源が多い観光路線と言えます。

※2008年3月撮影 茅沼駅

2008年に撮った茅沼の駅名標です。2017年に廃止された五十石(ごじっこく)が隣駅として表記されています。今は標茶(しべちゃ)駅に書き替えられているはずです。駅間も13.9kmに延びています。駅名標の後の喫茶店でお茶しました。鶴の写真が撮れたと言うと店の方に「滅多に撮れないのですごくラッキーです」と言われました。

※2008年3月撮影

2014年3月の釧網本線に戻ります。

川湯温泉駅から7.2kmで美留和駅。車掌車駅舎。弟子屈町立美留和小学校の児童たちの絵が描かれていましたが、この後、2015年に塗り直されてしまいました。

※2014年3月撮影

美留和絵から8.7kmで摩周絵。ここで「足湯めぐり号」は、36分停車します。隣の南弟子屈駅は、2020年3月に廃止されています。見ていませんが4月からは磯分内(いそぶんない)駅と表記されているはずです。

※2014年3月撮影

1929年(昭和4年)弟子屈(てしかが)駅として開業しました。難読駅名ですね。1990年(平成2年)60年以上使われた弟子屈駅から摩周駅に改称。駅舎も新しくなりました。

※2014年3月撮影

「足湯めぐり号」のパンフレットに名物とあった摩周駅前のぽっぽ亭で豚丼弁当(1050円)を買いました。

※2014年3月撮影

中身です。ハッキリ言ってハズレでした。ご飯は保温ジャーで長時間経った匂いがするし、かかっているタレが異様に甘いだけでコクも旨味もありません。多客期なら違うのかもしれません。

※2014年3月撮影

17:21、摩周駅を出ました。今年(2020年)3月に廃止された南弟子屈駅、暗くて上手く写っていません。残念。

※2014年3月撮影

18:41、東釧路駅で降りて、18:59発の花咲線根室行に乗り換えます。この待ち時間18分が永遠の様に感じられました。暖房の無い待合室が、スゴク寒かったのです。地元の高校生諸君も「今日は寒い」と口々に言ってましたから、マジで寒かったのでしょう。

※2014年3月撮影

キハ54-516の根室行に乗って、21:31に根室駅に到着。暗いので写真がありません。

ここで再びぶっ飛びました。根室って大きい町だと思っていましたが、ホテルに着く迄、開いている飲食店が皆無。ホテルには自販機だけ。寒風吹きすさぶ中、数百メートル歩いてコンビニで「お疲れビールとつまみ」それに明日の朝食を買ってようやく22時過ぎ。部屋で寛ぎました。

青春18きっぷ鉄道旅vol.11、5日目も朝6時から21時半まで、ほとんど駅か車両の中で過ごしました。487.8kmを移動。乗車時間は12時間16分。乗継待時間が2時間59分。流石に草臥れました。

明日は、2019年3月で廃止された石勝線夕張支線に乗って夕張駅に行きます。

(写真・文/住田至朗)


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