原野に戻ってゆく北海道?【50代から始めた鉄道趣味】334

2020.07.17

※2014年8月撮影

トップ画像は、森駅ホームのキハ40-1800とキハ40-734。とにかく古い鉄道旅を引っ張り出してキハ40系を1台でも多く画面に記録したいと思っています。

函館本線、森駅の手前、噴火湾が良い感じです。今日は海鳥がいませんね。

※2014年8月撮影

駅名標。2017年(平成29年)に信号場になった姫川駅(6世帯13人)と、同じく2017年に廃止された桂川駅(60世帯140人)が表記されています。2014年ですから。

※2014年8月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

トップ画像にも登場したキハ40-1800。下り方面ですが、行先標は読めません。

※2014年8月撮影

かなりの確率で森駅に停車すると貨物列車に抜かれます。

※2014年8月撮影

ホームの東端まで行くと「明治天皇御上陸地」の石碑が見えます。今日は満ち潮ですね。

※2014年8月撮影

※オリジナル写真が縦なので加工してあります

出発した函館行から撮るとこんな具合です。

※2014年8月撮影

砂原支線経由なので東森駅(467世帯1,059人)。1927年(昭和2年)渡島海岸鉄道の駅として開業。曲折があって1934年(昭和9年)国有鉄道函館本線の駅になりました。1979年(昭和54年)駅舎改築。この時は駅名が駅舎に付いていませんでした。

※2014年8月撮影

渡島海岸鉄道については3月に来た時に書きました。砂原支線の各駅についてはその時のコラムを御参照ください。

尾白内駅(211世帯506人)。1927年(昭和2年)開業。1988年(昭和63年)旧駅舎解体。貨車改造駅舎になりました。その駅舎です。乗っている列車の窓ガラスに写り込みがありますね。

※2014年8月撮影

銚子口駅(18世帯37人)。1945年(昭和20年)開業。

※2014年8月撮影

流山温泉駅(0世帯0人※)2002年(平成14年)JR北海道直営の流山温泉が開業したことに伴いそのアクセス駅として開設されました。駅前には200系新幹線車両3両が静態保存されていましたが老朽化で2013年(平成25年)解体処分され現在は車輪が残されています。

※半径を1km・直径2kmの円内に拡大すると、14世帯34人の住民がいます。(2010年国勢調査)

※2014年8月撮影

赤字が続いた流山温泉は、2015年(平成27年)閉鎖。その後JR北海道から地元企業に事業譲渡され2017年(平成29年)には週末を中心に営業が再開されています。

1300万人都市の東京から新幹線で40分ほどの温泉地・熱海ですら観光客はピーク時の半分程度に減って苦戦しています。函館市の人口は約26万人、大東京の2%に過ぎませんから函館から列車で1時間弱の流山温泉の繁栄は難しかったのでしょう。その函館市の人口もピークの345,165人(1980年)が265,979人(2015年)と35年で3割近くも減少しているのです。(国勢調査)

札幌市とその近郊を唯一の例外として、北海道の人口減少は加速度的に進行しています。いささかSF的な発想ですが、札幌だけを残して、それ以外のエリアは明治維新以前、アイヌの人々が細々と平和に狩猟だけで暮らしていた様な原野に時間をかけて戻ってしまうのでは?

炭鉱が隆盛した時代には数千人が暮らした町と鉄道が、学校や商店街が炭鉱閉山で跡形無く消え失せて、今は廃屋が点在する原野に戻りつつある場所が現実に、何カ所も北海道には存在しています。

JR北海道がどんなに努力しても、鉄道会社だけで新たな産業構造が生み出せるワケではありません。この人口減少という趨勢を止めるのは、国家的な施策以外無いでしょう。しかし、日本全体が少子高齢化で静かに衰退しているのです。

※筆者は既にコラムなどで今回の青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

※駅名の後の()内は、駅の周囲半径500mの円内に住む住民数です。(2010年国勢調査)

(写真・文/住田至朗)


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