平均22パーミルの勾配が13.7km【50代から始めた鉄道趣味】369

2020.08.21

※2014年9月撮影

トップ画像は、土佐北川駅を通過する下り特急列車「南国」JR四国N2000系気動車。

切り離し作業が終わりました。先頭側が阿波池田行キハ54-2。1987年(昭和62年)旧国鉄が分割民営化を前に経営体力の弱いJR四国のために12両作った気動車です。

※2014年9月撮影

切り離された後側のキハ32-16は、折返し高知行になりました。こちらもキハ54と同様に旧国鉄が経営基盤の脆弱なJR四国用に21両用意した気動車です。

※2014年9月撮影

この2台に乗ると「四国に来たなぁ」としみじみ思います。

ではキハ54-2で阿波池田に向かいます。

※2014年9月撮影

この後、カメラが原因不明のトラブルで起動しません。治った時には、新改駅に着いていました。超残念ですけど相手がブラックボックスの様なモノなので致し方ありません。昔の様にポコッと叩いても治らないのです。窓ガラスが汚れています。

※2014年9月撮影

新改駅は1935年(昭和10年)に新改(しんかい)信号場として設置されました。戦争末期、本土決戦準備で新改信号場付近が天然の要塞として四国軍管区司令部などが疎開してきました。山の中なので上陸したアメリカ軍が簡単に攻めて来られないということです。結果的に沖縄以外にアメリカ軍は上陸せずに敗戦になりました。戦後駅に昇格します。1956年(昭和31年)には読み方が「しんがい」駅になりました。1970年(昭和45年)無人化。

新改駅ホーム側の終端部です。2016年(平成28年)新改駅を訪問したスタッフのコラムがあります。平山の集落まで行ってます!

※2014年9月撮影

運転士さんが反対側の運転席に移動。一緒に行って前面展望を撮ります。右は列車がやってきた土佐山田駅方面です。

※2014年9月撮影

引き上げ線に進みます。右の本線、奥は高知方面です。

※2014年9月撮影

再び運転士さんは元の進行方向の運転席に戻ります。左奥に新改駅があります。

※2014年9月撮影

シーサス・クロッシングを右の本線に進みます。

※2014年9月撮影

トンネルに入ります。

※2014年9月撮影

JR四国の駅で最も高い所にある繁藤駅。標高は347m。土佐山田駅の標高は43mでした。駅間13.7kmですから平均22パーミルの勾配を延々と登ってきたのです。こりゃ、蒸気機関車時代はタイヘンだったでしょう。

1930年(昭和5年)の開業時は「天坪(あまつぼ)駅」でした。雨坪と言われるほど雨量の多い場所なのです。1963年(昭和38年)繁藤駅に改称。1972年(昭和47年)には駅前の山が豪雨で崩れ死者60人の大きな被害が出ました。

※2014年9月撮影

すご~く長閑な山の中の駅です。というか集落は穴内川の対岸なのです。

※2014年9月撮影

橋梁の上にホームがあります。土佐北川駅です。列車交換します。

※2014年9月撮影

この駅も見事に周囲に人工物はあまり見当たらない場所、人工物(橋梁)の上にあるという不思議な駅です。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2014年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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