秘境駅ツアーが人気なのだそうです【50代から始めた鉄道趣味】420

2020.10.11

※2015年8月撮影

トップ画像は、大空。少し雲が厚くなってきた様です。

伊那八幡駅。1926年(大正15年)開業。

※2015年8月撮影

木造駅舎の多くは残っていない飯田線では貴重なオリジナル駅舎。開業時の建造。改札口が懐かしい。

※2015年8月撮影

この駅でも列車交換。特急「伊那路」はJR東海373系直流特急形電車。3両編成。

※2015年8月撮影

時又駅も一風変わった駅名ですが駅所在地名です。1927年(昭和2年)開業。

※2015年8月撮影

時又駅でも列車交換しました。国鉄211系直流近郊形電車。

※2015年8月撮影

天竜峡駅に近づくと留置線に車両が駐められています。

※2015年8月撮影

天竜峡駅ホームから天竜川を渡る四代目の姑射橋(こやばし)。「姑(しゅうとめ)を射る」というちょっと不思議な名前の橋と、その向こうの歩道橋(こちらは「こやきょう」)が見えます。

※2015年8月撮影

余談ですが、お正月に食べるクワイは「慈姑」と書きます。こちらは「姑=しゅうとめ」を慈しむ、不思議な字を書きます。

天竜峡駅は、1927年(昭和2年)伊那電気鉄道の終点駅として開業。1932年(昭和7年)三信鉄道が乗入れ、1937年(昭和12年)には三河川合駅まで全通。三信鉄道が急峻な地形の中、難工事で現在の飯田線秘境駅ブームのベースになった区間を作ったのです。

天竜峡駅で乗客の多くが降りましたが、入れ替わりにど~っと団体が乗り込んできました。御高齢の先輩方が多い団体です。その時は車両最後部にいましたが、この後は車内移動がほとんどできなくなりました。それに流石にエアコンの効きが悪くなりました・・・暑い!

点呼が終わった添乗員の方に訊くと最近人気の「秘境駅ツアー」なのだそうです。大井川鐵道の井川駅から天竜峡駅まで観光バスで来て、ここから為栗駅まで飯田線に乗車、為栗駅で観光バスに戻り明知鉄道の明智駅に移動するとのこと。この後も筆者は複数回飯田線に乗りましたが、何度かこの類のツアーと御一緒しました。秘境駅を巡るには、合理的で簡便かもしれませんが、秘境駅自体行き難いコトにも魅力がある様な気がしますけれど・・・。

そもそも筆者は、ツアーというものに修学旅行以来参加したコトがありません。ワガママなので団体行動がダメなのです。学生時代は悪友たちと、あるいはガールフレンドと遊山に行きましたが、基本は常に一人旅です。

閑話休題。

これまで飯田線は辰野駅から天竜川の右岸(西側)を走ってきましたが、天竜峡駅と千代駅の間で天竜川を渡り左岸(東側)を進みます。佐久間駅の先でもう一度天竜川を渡りますが、その先は天竜川と離れて行きます。

※2015年8月撮影

千代駅です。この駅から三信電気鉄道が作った駅になります。1932年(昭和7年)開業。駅所在地は長野県飯田市千栄(ちはえ)。秘境駅ブームの生みの親牛山隆信さんの『秘境駅に行こう』では堂々の23位。

※2015年8月撮影

こちらは、さらに上位、秘境駅7位の金野駅の後方展望。駐輪場の一部が左に見えます。人の気配はありません。

※2015年8月撮影

唐笠駅後方展望。駅所在地が長野県下伊那郡泰阜(やすおか)村唐笠。1932年(昭和7年)開業。

※2015年8月撮影

次は門島駅の後方展望。島式ホーム1面2線で列車交換できます。1932年(昭和7年)泰阜ダム建設のために開業。泰阜ダムは、1931年(昭和6年)着工、1935年(昭和10年)に完成しています。このダムが作られたコトによって天竜川の名物であった筏(いかだ)下りによる木材運搬は途絶しました。

※2015年8月撮影

秘境駅ツアーの方々、男性陣は皆さん大きなレンズを付けた高価そうな一眼レフ(たぶんデジタル)カメラを肩から下げられていて、駅に着くと一斉にパシャパシャと撮影されます。女性陣は、タマに車窓を見る以外は仲間内の世間話に花を咲かせておられます。

(値段を聞いて貧乏な旅しかしていない筆者はビックリしましたが)贅沢なツアーなのですね。楽しんでください。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格などは2015年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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