英語名は「Metros of the World」。日本地下鉄協会編の「完全版・世界の地下鉄」 画像:日本地下鉄協会

世界各国の地下鉄を路線図と写真、データで紹介したムックスタイルの書籍「世界の地下鉄」が刊行されました。日本地下鉄協会の編集で2000年の初出版以来版を重ね、20年目の今回は「完全版」をうたう自信作です。

世界最初の地下鉄は150年以上前のイギリス・ロンドン。現在、都市別路線延長は中国・北京が最長で、2位以下に同・上海、広州、ロシア・モスクワ、ロンドン、アメリカ・ニューヨーク、韓国・ソウルが続き、東京は8番目です。強く印象付けられるのは、国の総力で地下鉄を建設する中国の躍進。本書のエッセンスを紹介しましょう。

※各路線の呼称やデータは本書によります。

世界169都市の地下を走る

フィンランド・ヘルシンキ地下鉄のM300形車両。行き先をフィンランド語とスウェーデン語の2ヵ国語表記する〝バイリンガル電車〟です。(世界の地下鉄から・秋山芳弘氏提供)

地下鉄が走るのは世界169都市。本書は主要66都市の路線図を掲載し、特徴を詳述しました。残り103都市は開業年、路線数、営業キロなどを簡潔な表にまとめました。

地下鉄の整備が進むのが中国とインドで、中国は2015年以降の6年間で運行都市が18都市、インドは同じく5都市増えています。

新規に地下鉄が開通したの中国の東莞(2016年5月)、福州(同)、南寧(2016年6月)、インドのチェンナイ(2015年6月)、ジャイプール(同)、コーチン(2017年6月)など。ちなみに人口規模は福州(都市部)394万人、コーチン(同)212万人で、日本の地下鉄が走る仙台(109万人)や神戸(152万人)と比較すると、地下鉄があって当然という気がします。

トルコ・イスタンブール地下鉄2号線の電車は近代的なスタイル。韓国の現代ロテム社製です。(世界の地下鉄から・秋山芳弘氏提供)

世界初めてのロンドンの地下鉄開通は日本の鉄道開業の9年前

ロンドン地下鉄メトロポリタン線を走行するS8形電車はボンバルディア製。地表近くを走るサーフェイス線で車両は大断面です。(世界の地下鉄から・秋山芳弘氏提供)

世界最初のロンドン地下鉄の開通は1863年。日本の年号は文久3年で。まだ江戸時代でした。その地下鉄がSLけん引だったのは有名な話。18世紀半ばからの産業革命でロンドンは人口が急増、郊外からの通勤者を運ぶ鉄道が必要になったものの、都心部は既に建物が密集して線路を敷設するスペースがなく、やむを得ず開削工法で地下に鉄道を敷いたという経緯は、その後に続いた世界各都市に共通します。

地下を走るSLはにわかに信じ難く、あの手この手で排煙しました。最初の開通から27年後の1890年、今度は電気機関車が引っ張る地下鉄が登場して動力近代化を実現しました。

ただ多額の設備投資が必要な地下鉄の経営は洋の東西を問わず難しいようで、ロンドンの場合、2007年と2009年に運行主体の民間コンソーシアム(企業連合)が相次いで経営破たん。一時期採用された施設保有と列車運行主体を分ける経営の上下分離は機能せず、現在はロンドン交通局(Transport for London=TfL)の責任の下、上下一体で運営されています。

ロンドンの話が続きますが、地下鉄は初期に開削工法で建設された、地表近くを走る「サーフェイス(表面)」、後年にシールド工法で整備された「チューブ」に大別されます。英語のニュアンスはともかく、それぞれの呼び名は形態を上手に言い表しているように思えます。

2019年に開通50周年を迎えた北京

中国鉄路北京駅に隣接する北京地下鉄2号線北京駅の出入り口。(世界の地下鉄から・秋山芳弘氏提供)

都市全体で746.7km、東海道・山陽新幹線の東京―岡山間(732.9km)よりやや長い路線ネットワークを持つ北京は、文字通り世界一の〝地下鉄都市〟です。最初の開業は1969年で、半世紀の歴史を持ちます。

建設中や計画中を含めると、路線数は全部で23路線。都市中心部は路線が網の目のように入り組んでいて、観光客が自由に乗りこなすのはハードルが高そうです。車両はやや小ぶりで、ステンレス車やアルミカーは日本の地下鉄に似た印象を受けます。

開通30年足らずで世界有数の地下鉄都市になった上海

北京以上に都市の勢いを感じさせるのが、同じ中国の上海です。地下鉄開通は1993年。27年後の2020年の路線延長は674.7kmで、30年足らずで世界2番目の地下鉄都市に躍進しました。

上海で営業中の路線は16路線。建設中や計画中も合わせると、全部で26路線もあります(一部ライトレールや地上近郊急行線を含みます)。多くの路線は上海市中心部だけ地下を走り、郊外では地上に出ます。経済発展が続く上海では、都市開発に合わせて鉄道を整備してきたため、膨大な路線延長となりました。東京は既存の都市鉄道を相互直通運転の地下鉄がつないできましたが、JRや私鉄に相当する部分も地下鉄と一緒に建設したのが上海と考えると理解しやすいでしょう。

東京の路線長は世界8位、でも利用客数は世界2位

東京の地下鉄は東京メトロが9路線195.0km、都営地下鉄が4路線109.0km、合計304.0kmで、7位のソウル(340.7km)とは約37kmの差です。日本地下鉄協会は路線長に計上しないものの地下鉄と相互直通運転し、路線のほとんどが地下区間の埼玉高速鉄道と東葉高速鉄道の2社を東京の地下鉄事業者とします(実際の路線は埼玉県と千葉県)。

埼玉高速鉄道は14.6km、東葉高速鉄道は16.2kmで、2社を加えても東京は334.8kmでソウルに追い付けません。東京に続く路線長9位は中国・深センの303.4kmで、東京との差はほんのわずかです。

輸送人員は長く東京が首位でしたが、現在は路線長の長い北京に抜かれ2位となっています。北京は1日当たり1054万人、東京は1039万人で、差は大きくありません。

人口減少社会に転じた日本の都市は、地下鉄の新規整備も一段落といったところ。建設中の路線は、福岡市営地下鉄七隈線の天神南―博多間(1.4km)と関西高速鉄道なにわ筋線の北梅田~JR難波・新今宮間(7.2km。駅名は一部仮称)だけです。ほかに神奈川県横浜、川崎の両市は、横浜市営地下鉄ブルーラインの小田急電鉄新百合ヶ丘方面への延伸計画を発表しています。

地下鉄トリビアも満載

日本人が見たら驚くこと確実。外装や車両番号も日本時代のまま走るアルゼンチン・ブエノスアイレスB線の地下鉄車両。(世界の地下鉄から・秋山芳弘氏提供)

東京メトロ丸ノ内線の旧型車両が、塗装や車番もメトロ当時のまま走るアルゼンチン・ブエノスアイレスの地下鉄をはじめ、本書にはトリビア(雑学知識)も多数掲載。トピックスでは、日本製の地下鉄車両が走る台湾・台北、インドネシア・ジャカルタ、アメリカ・ニューヨークなどをリポートします。日本発の地下鉄技術で世界が待望するのは、大阪メトロ長堀鶴見緑地線や横浜グリーンラインで成果を挙げるリニアメトロ(リニア地下鉄)。鉄道ファンならずとも、見るだけで楽しい一冊といえるでしょう。

編集は日本コンサルタンツの秋山芳弘技術本部副本部長(編集委員長)ら、鉄道のプロが担当しました。路線ネットワークは常時変わるため、各ページには地下鉄ホームページのQRコードを掲載。最新情報が入手できるよう工夫しています。

A4判、132ページ。出版社はぎょうせいで一般書店でも注文できます。

文:上里夏生