信越線の211系電車はクモハ+モハ+サハ+クハの4両編成。線路の周囲はほぼ水田ですが、近隣には戸建て住宅が建ち並びます(筆者撮影)

2024年8月末、こんなニュースが鉄道ウォッチャーをザワつかせました。「信越線安中~磯部間で新駅構想がスタート」。群馬県安中市が、新駅開業に向けた検討作業を本格化させるという趣旨です。市のホームページには、「安中~磯部間で構想中の新駅について、まちづくりの調査を行う事業者を公募します(大意)」と掲載されます。

早速、安中市の担当セクションに問い合わせたところ、「現在、決まっていることはないので、もう少しお待ちいただけないでしょうか」。そこで、周辺取材して新駅開設の背景などを探るとともに、安中~磯部間を現地ルポしました。

まちの形と鉄道がズレている?

鉄道のまち・群馬県高崎を起点とするのがJR信越線。東京と長野、北陸をつなぐ主要幹線鉄道でしたが、1997年の北陸新幹線開業(2015年の金沢延伸開業まで長野新幹線と呼ばれていましたね)で役目を新幹線に譲り、碓氷峠の横軽(横川~軽井沢)間は廃止。高崎~横川間は、現在もJR東日本の路線です。

高崎、北高崎、群馬八幡の3駅が群馬県高崎市、安中以西の5駅が安中市です。安中市には、北陸新幹線安中榛名駅もあります。

安中駅は、駅名から「安中市の玄関」と呼びたいところですが、実態は少々異なるようです。安中市役所をはじめとする中心市街地は安中駅の2.5キロほど西方。〝まちのカタチ〟と、信越線の駅配置には若干のズレがあるようです。

安中駅構内全景。右側が貨物駅で、駅近隣に精錬所を持つ非鉄金属大手の東邦亜鉛は亜鉛焼鉱専用の貨物列車を小名浜駅(福島臨海鉄道)との間に走らせます(筆者撮影)
安中駅。平屋建てのコンバクトな駅舎で、駅前にはバス・タクシー乗り場があります(筆者撮影)

安中~磯部の駅間距離は7キロ。東京なら東京駅から品川駅の先、大阪では大阪駅から尼崎駅の手前までとほぼ等距離で、これでは信越線に乗車したくても、なかなか利用しづらいのが実情のようです。

初当選の市長がボタン押す

「信越線に新駅」の話、降って湧いたわけでなく、バブルのころからあったようです(それほど昔ではありませんが)。実現に向けたボタンを押したのは岩井均市長です。

2022年5月の市長選で初当選。公約の「未来から選ばれるまち(安中)へ」に、「JR信越線沿線の活性化」が見付かりました。具体策が、「西毛広域幹線道路との交差部周辺に新たなまちづくり」、「安中駅・磯部駅間に安中新駅設置」、「駅周辺に住宅団地」の3項目です。

就任後の所信表明では、JR信越線を活用した地域振興に力を入れる意向を示しました。

「西毛広域幹線道路と信越線の交差部を中心に、まちづくりに取り組みます。JRの理解を得て安中駅と磯部駅の間に安中新駅をつくることで、幹線道路を経由して市内や富岡市方面からの利用増加を見込めます。安中、磯部駅周辺の朝夕の渋滞緩和や、通勤通学も便利になります。信越線沿線の活性化は安中市の将来の発展に必要不可欠です(大意)」。

鉄道と道路の交通結節点

岩井市長の発言にあった西毛広域幹線道路とは。群馬県が整備する幹線道路で、県都・前橋市から高崎、安中、富岡の3市を円周状につなぎます。延長27.8キロ。5年後の2029年度全線開通がアナウンスされます。

鉄道は、前橋方から上越線、上越新幹線、北陸新幹線、信越線のJR4線とクロス。信越線とは安中~磯部間で交差します。交差部付近に新駅を整備すれば、鉄道と道路の交通結節点になって、鉄道利用が便利になります。安中を訪れる人たちにも、鉄道の利用環境が改善されます。

「西毛広域幹線道路」のルート図。あくまで概略ですが、新駅の大体の位置関係がつかめます(資料:群馬県)

安中市は、2024年度予算に「新駅周辺まちづくり検討事業」として3061万円を計上。冒頭のニュースに挙げた調査が行われることになりました。

211系が高崎~横川間を往復

周辺取材はここまで。しかし、現場を見ないと事実は分かりません。2024年9月初め、現地取材に出向きました。

磯部駅を発車した横川行き列車。正面に碓氷峠が立ちはだかります(駅をまたぐ自由通路から撮影。筆者撮影)

取材は、①安中駅、②安中~磯部間、③磯部駅の3ポイント。上越(北陸)新幹線から高崎で信越線に乗り継げば、3駅目が安中です。

安中駅は2面2線で、ホームは1番線と3番線。2番線はありません。幹線時代、2番線の各停を特急「あさま」や急行「能登」が追い抜いていた……ようですが、現在の高崎~横川間は211系電車の往復運転(日曜日や休日には観光列車「ELぐんまよこかわ」が運行されます)。安中は、「信越線の栄光の歴史を伝える駅」かもしれません。

鉄道文化むらやめがね橋も安中市内

安中駅からバスで市内へ。バス便は路線バス、安中市が委託するコミュニティバス、同市の乗合タクシーが市内各方面を結びます。

ここで、安中市のプロフィール。人口約5万3000人。中山道の宿場町で、基幹産業は製造業や農業。観光資源は温泉、簗(やな。川をせき止める漁法で川魚料理を提供する観光施設)ですが、本サイトで紹介すべきは碓氷峠の鉄道施設群でしょう。

横川駅や碓氷峠鉄道文化むらのある群馬県松井田町は2006年3月、平成の大合併で安中市に統合。文化むらや、1963年の新線開業までアプト式列車が行き来した、「めがね橋(正式名称は碓氷第三橋りょう)」は鉄道ファン人気のスポットです。

明治時代に建設された「めがね橋」。鉄道ファンのほか訪日外国人にも人気です(画像・日本工営、碓氷峠鉄道文化むら)

新駅に直接の関係はありませんが、安中市には文化村近隣に「道の駅」を整備して、観光拠点化するプランもあるようです。

国鉄幹線、転じて地域密着の鉄道に

安中~磯部間で、信越線は水田地帯の真ん中を走ります。1時間1~2往復の列車が運転されるので、〝撮影の待ち時間〟はそれほど長くありません。

駅間での撮影後は、タクシーを呼んで磯部駅へ。駅から徒歩圏にあるのが名湯・磯部温泉で、江戸時代初期の開湯と伝わります。温泉旅館は全部で6軒(ほかに休業1軒)。江戸時代の文書に湯気が上がる図(マーク?)が描かれ、これが日本最初の温泉マークと伝わります。

磯辺温泉の足湯。JR東日本高崎支社は「ぐんま湯けむり満喫プロジェクト」のネーミングで管内の温泉を売り込みます(筆者撮影)

信越線新駅と現地取材は以上。現状は多くが未定ですが、今回のニュース、かつての国鉄幹線が地域密着の鉄道に生まれ変わるためのステップのように思えました。今後、進展があれば本サイトでご報告させていただきます。ご期待下さい。

記事:上里夏生

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