【木造駅舎カタログ】山陽本線023/32 神代駅

2021.09.01

※2020年8月撮影

トップ画像は、山陽本線神代(こうじろ)駅。JR東日本田沢湖線にも神代(じんだい)駅がありますが読み方が違います。長崎県の島原鉄道の神代駅は同じ読み方「こうじろ」駅です。

駅の立地は通津駅に酷似しています。駅正面、東は広島湾・安芸灘。駅の裏側、西は山地です。神代駅の山側は竹が森を浸食している様です。

※2020年8月撮影

山陽本線の神代駅には不思議な歴史があります。1899年(明治32年)7月に山陽鉄道の駅として開業しますが3ヶ月後の10月には閉鎖されてしまいます。もしかすると海水浴用の駅だったのかもしれません。その後も、1900年(明治33年)、1901年(明治34年)、1903年(明治36年)も概ね7月~9月に駅は営業されています。1906年(明治39年)国有化。1907年(明治40年)季節営業の臨時駅「神代仮停車場」に格下げされます。1909年(明治42年)線路名称制定で山陽本線の所属になりました。1916年(大正5年)神代仮停車場廃止。1917年(大正6年)神代信号場開設。

それから何と27年後、1944年(昭和19年)駅に昇格。二代目神代駅になります。1989年(平成元年)無人駅になりました。

※2020年8月撮影

駅前に岩国市教育委員会の駅の案内がありました。

※2020年8月撮影

その内容の一部です。

1944年(昭和19年)山陽本線複線化工事着工を機に地域住民が猛運動し『請願駅 神代』の新規着工式挙行。地域の人たちも拠金・奉仕作業(神東小学校児童も材木運搬!)などで協力し駅は完成。駅に昇格した神代駅は駅員10名で開業したと書かれています。

むしろ開業時、駅員が10名もいたことに驚きます。終戦時には軍隊に出征した男子に代わり女子の国鉄従業員は10万人、全職員の2割に達していました。この駅にも女性駅員さんがいたのでしょうか。

駅出入口。建物財産標などは見当たりませんでした。駅舎は駅に昇格した1944年(昭和19年)10月、終戦直後の竣工です。丸い赤ポストがかわいいですね。

※2020年8月撮影

南側には住宅があるのでこれ以上は回り込めません。

※2020年8月撮影

北側は逆に駅前に大きな植込みがあるのでここまで回り込んでしまいます。駅舎は、築80年近いのですがキレイに改修されています。

※2020年8月撮影

待合室は北側です。こちらは駅の事務室側。

※2020年8月撮影

駅の正面は国道があって安芸灘と漁港。朝の7時頃ですが天気がイマイチ。残念ですがキレイな青い海が見えません。

※2020年8月撮影

駅舎を撮っていたら、ネコが目の前を横切りました。首輪はしていませんがとても清潔なので飼い猫かな。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです