地味で小さい一般的木造駅舎【木造駅舎カタログ】紀勢本線20/189 下里駅

2022.06.20

※2020年12月撮影

トップ画像は、紀勢本線下里駅。那智駅の豪奢な駅舎からガラッと変わって地味で小さな木造駅舎です。色彩はありません。もちろん、こちらの方が一般的、普通です。

紀勢本線は、紀伊勝浦駅を過ぎてどんどん南に下がってゆきます。半島の根本に古式捕鯨発祥の地と言われる太地町があります。その太地駅からわずか1.2kmで下里駅。この駅間は紀勢本線でも那智駅~紀伊天満駅間の0.9kmに次ぐ短さ。他に紀伊天満駅~紀伊勝浦駅間も同じ1.2kmです。

駅の北、徒歩5分で本州最南端の前方後円墳、下里古墳があります。4・5世紀頃の古墳。国の史跡です。

駅出入口。建物財産標がありました。「昭和10年7月」の記載。駅が開業した時の駅舎です。逓信省コンビの片割れ郵便ポストは駅の斜め前に離れて立っていました。駅舎は相対式ホームの1番線和歌山駅方面にあります。構内跨線橋で新宮駅方面ホームに渡ります。ホームどうしはズレて配置されていました。

※2020年12月撮影

下里駅は、国有鉄道が紀伊勝浦駅から延伸された際、終着駅として1935年(昭和10年)に開業。翌1936年(昭和11年)には串本駅まで延伸されます。

1940年(昭和15年)には串本駅~江住駅間と新宮駅~紀伊木本駅(現・熊野市駅)間が開業し線路名称が紀勢西線となりました。1959年(昭和34年)最後に残っていた三木里駅~新鹿駅間が開通し全通、紀勢本線に線路名称が改定され現在に至っています。1985年(昭和60年)駅は無人化。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化で下里駅はJR西日本に継承されています。

駅舎の手前側が待合室です。駅舎の南側に引き込み線が見えます。

※2020年12月撮影

駅舎南側。ネットで見た開業当初の駅舎にはこちら側にも庇と引き戸の出入口がありました。妻壁にその痕跡が残っています。駅の北に電気施設が見えます。

※2020年12月撮影

JR西日本の下里変電所です。それほど大きな変電所ではありません。

※2020年12月撮影

駅舎の横に引き込み線が2本。線路は錆びていないので現役で使われているのでしょう。積まれたレールの上で保線員さんが溶接作業をしていました。手前の和歌山駅方面下りホームよりも新宮駅方面上りホームは和歌山駅側にズレて配置されています。

※2020年12月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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