気の滅入る様な陰気さ【木造駅舎カタログ】紀勢本線21/190 紀伊浦神駅

2022.06.21

※2020年12月撮影

トップ画像は、紀勢本線紀伊浦神(きいうらがみ)駅。下里駅とクローンとまでは言いませんが駅舎は細部を除けば酷似しています。下里駅駅舎が昭和10年7月だったのに対して紀伊浦神駅駅舎の建物財産標の記載は「昭和11年12月」。1年ほどしか建てられた時期が空いていないのです。

しかし、個人的に感じたのは、那智駅駅舎の肯定的な明るさに比べて下里駅に続いて紀伊浦神駅も気の滅入る様な陰気さです。人の気配が全くないことも陰気さを助長しているかもしれません。右は別棟のトイレ。

紀伊浦神駅は、1936年(昭和11年)国有鉄道紀勢中線が下里駅から串本駅まで開通した際に開業。1940年(昭和15年)路線改称で紀勢西線の所属駅になり、1959年(昭和34年)の全通によって紀勢本線の所属駅になります。1985年(昭和60年)駅は無人化。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR西日本の駅になりました。

※2020年12月撮影

駅舎の北東側に待合室があるのは下里駅と同じです。しかしこの駅では駅舎を出て紀勢本線に沿って新宮駅方面に約50mも通路を歩いて構内踏切を渡り島式ホーム端にあるスロープを上るという形になっていました。

逓信省コンビの電話ボックスはありますが、駅を出た角に那智浦神郵便局があるので流石に郵便ポストは設置されていません。

※2020年12月撮影

下里駅駅舎には無かった手前に突き出した部分とその庇が南西側にあります。板で塞がれた窓の跡が何かの窓口だった様にも見えます。筆者の実家のあるJR東日本中央線武蔵小金井駅には、高架になる前の旧駅舎に別窓口でチッキ(手荷物)の受付があったことを思い出しました。筆者が大学生だった頃のハナシです。40年前。(笑)

※2020年12月撮影

幅の広くない島式ホームと駅名標が見えます。

※2020年12月撮影

駅舎のこちら側には下里駅にも残っていた駅舎から突き出した庇や出入口の跡らしきものがありました。ホーム側には通路の上屋の庇があります。

※2020年12月撮影

駅出入口。少し前の写真には出入口上に庇がありましたが無くなっています。待合室内には駅舎外観の陰気さを打ち消す様な明るいペインティングが施されていました。

※2020年12月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)

 


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