01※2022年3月撮影

トップ画像、JR東海飯田線鼎(かなえ)駅。傾斜地に面して駅があります。10年ほど以前の写真を見ると駅舎の屋根は赤いのですが、トタン葺きはグリーンに塗り替えられた様です。

難読駅名と言われています。最初に駅名標を見た時筆者は「鼎の軽重を問う」という諺(ことわざ)を思い出しました。

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鼎は古代中華の王朝で王位の象徴として伝わった大きな鍋の様な器具でした。「力で王位を奪おうと鼎を奪取しても王位には人徳が問われるのだ」という春秋左氏伝の話に基づく諺です。地位がソレを象徴するモノではなく、地位に相応しい人的能力があるか否かであるかを問うているのです。

駅へのアクセスは西側。

※2022年3月撮影

前回の伊那八幡駅とほぼ同じ頃に建造された駅舎。全体の印象は全く異なっていますが、駅出入口の庇、切妻屋根の破風にある通風口など、どこかしらディテールが似通っています。

※2022年3月撮影

駅出入口。建物資産標には、伊那八幡駅と同じ「鉄 03-5001 S1年12月」という記載がありました。こちらも昭和元年。

※2022年3月撮影

鼎駅は、伊那電気鉄道が1926年(大正15年)12月、伊那八幡駅と同時に開設しています。国有化で飯田線の所属駅になります。駅は相対式ホーム2面2線の列車交換可能な構造でしたが下りホームが廃止され棒線駅になっています。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東海が継承。その後駅は無人化されました。かつては駅舎内に「駅そば」があった様です。待合室を見ましたが、「駅そば」の痕跡は分かりませんでした。

有人駅時代、鼎(かなえ)という駅名から入場券が「願いをかなえる」というお守りとして人気があり窓口で「合格」「夢」などというスタンプを押して駅名の入った紙袋に入れてくれたそうです。駅が無人化されて以降は、飯田駅で受験シーズンに「鼎駅~桜町駅」乗車券を買うと希望者には特製台紙を配っているというニュースを鉄道チャンネルサイトで見たことがあります。

東側から。駅名標の白い裏側が左端に見えます。

※2022年3月撮影

フェンス際から使われなくなった旧下りホームが見えました。線路も撤去され旧ホームは草むしていました。

※2022年3月撮影

この日は、もう一駅、飯田市内を抜けて桜町駅に行こうと考えましたが、飯田では7年に一度のお祭りをやっていて、大幅に交通規制をしていました。市内に入ることを諦めて駒ヶ根のホテルに向かいます。明日は、中央高速で移動して飯田線の最も北側の木造駅舎から豊橋方面に戻りながら撮影する予定。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)『長野県鉄道全駅 増補改訂版』(信濃毎日新聞社/2011)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいているものです。鉄道を撮影する時は感謝の気持ちを伝えましょう。ありがとうございます。

(写真・文章/住田至朗)