「湘南」という幻想の誕生

2019.02.08

※逗子海岸

「湘南」という言葉にマイナスのイメージを持つ人は少ない。しかし「湘南」というのはあくまでも「イメージ」であって、具体的な中身はない。そのイメージ形成のプロセスを、音楽、小説、映画、マンガ、アニメなどのポップカルチャーに着目して分析したのが本書『「湘南」の誕生 音楽とポップカルチャーが果たした役割』である。著者増淵敏之氏は、「湘南」のイメージは富裕層、若者層、そしてヤンキーの三層構造から形成されていることが浮かび上がると言う。

まず書誌情報から

書名:「湘南」の誕生 音楽とポップカルチャーが果たした役割
著者:増淵敏之
定価:本体1,600円+税
発売:2019年2月28日
版元:リットーミュージック
商品情報ページ

中身は目次を見るのが手っ取り早い。

■第1章「湘南」の発祥と範囲
命名の由来(「湘南」の語源)
「湘南」の範囲
大磯別荘地(ベルツ博士・維新の元勲たち)
サナトリウムと「湘南」
御用邸とマリーナ
一般イメージ
「湘南」ナンバー
「湘南」ブランドの使用例
コンテンツ作品によるイメージ形成


一説に拠ると大磯には明治以降200を越える政財界の大物たちの邸宅や別荘があったという。吉田茂の邸宅跡は火災で焼失後、大磯町郷土資料館として復元公開されている。御用邸は言うまでもなく葉山御用邸である。ここに富裕層というイメージのベースがあるのだろう。

■第2章「湘南」の音楽
「湘南」音楽の基盤形成
「湘南」サウンドの誕生
松任谷由実の「湘南」
サザンオールスターズの「湘南」
アイドルたちの「湘南」
夏と「湘南」
身近なカリフォルニアだった「湘南」
硬派たちの「湘南」
MV(ミュージックビデオ)の中の「湘南」
アジアン・カンフー・ジェネレーションの「湘南」
今でもみんな「湘南」が好き


たまたま記者は、著者増淵氏と同年代で、ユーミン、サザンはオンタイムで聴いてきた世代。しかし「湘南」サウンドと言われてもイメージは浮かばない。むしろ湘南のイメージは南佳孝だったりする。アジアン・カンフー・ジェネレーションは知らない。

■第3章「湘南」の文学
村井弦斎『食道楽』
徳富蘆花「湘南雑筆」
鎌倉文士の誕生
「太陽族」の登場
古都・鎌倉のイメージの定着
オートバイ、若者、「湘南」
「湘南」と恋愛
村上春樹と「湘南」
さまざまな物語の舞台としての「湘南」


村井弦斎、徳富蘆花「湘南雑筆」は未読。鎌倉文士もほとんど興味がない。太陽族、石原慎太郎は既に過去の作品であって、むしろan・anやnon・noといった雑誌によって鎌倉というブームが作られた印象がある。村上春樹と湘南もイメージがわかない。長編小説『ダンス ダンス ダンス』に開高健を彷彿とさせる小説家が少女ユキの父親で登場し、湘南に住んでいたことぐらいしか思い浮かばない。個人的には村上春樹さんが湘南に良いイメージを持っている様には感じなかった。

■第4章「湘南」の映像
松竹大船撮影所
小津安二郎『麦秋』『晩春』の鎌倉
黒澤明『天国と地獄』に描かれた「湘南」
「太陽族」からネクストへ
「若大将」シリーズ
極楽寺
描かれる若者たちの物語
バブルと「湘南」


松竹撮影所、その場所は現在スーパーマーケットになっている。小津作品で横須賀線車内が大船から横須賀方面が喫煙できた時代を思い出す。『天国と地獄』は遠い昔に見たが湘南の記憶はほとんどない。「太陽族」は既述の様に過去の作品で、同時代的にはむしろ映画「八月の濡れた砂」(1971/藤田敏八監督)が湘南のイメージだ。

東宝映画「若大将」シリーズは加山雄三が主人公のお気楽な映画だが、子供の頃、何故かゴジラシリーズの怪獣映画と二本立てで上映されていたので作品を多く観ているのだ。

極楽寺は鎌倉の寺だが町名になっていて、1970年代に「俺たちの朝」というテレビドラマの舞台となった。当時利用者減少で廃線寸前だった江ノ電がこのドラマの人気でファン達が訪れ経営危機を脱したというエピソードが有名。残念ながらドラマは知らないが、江ノ電極楽寺は雰囲気の良い駅だ。散歩には好適。

■第5章「湘南」のマンガ、アニメ
わたせせいぞうと「湘南」イメージ
実は連作『ラヴァーズ・キス』『海街diary』
魔界の都・鎌倉
『スラムダンク』の中の「湘南」
『ピンポン』の中の「湘南」
『南鎌倉高校自転車部』と『とめはねっ!鈴里高校書道部』に見る部活動
ヤンキーと「湘南」
意外と少ないオリジナル「湘南」アニメ

■第6章 プリズムの「湘南」
富裕層、若者層、ヤンキー層のリミックス
地域のブランディング
湘南とは呼ばれたくない鎌倉
南葉山ってどこ?
クロスメディア戦略が創るイメージ
『湘南青春街図』
雑誌メディアの役割
「湘南」の食文化
フィルム・コミッションの活動
コンテンツが創った「湘南」イメージ


本書に登場するアイテム

サザンオールスターズ、ブレッド&バター、湘南爆走族、稲村ジェーン、太陽の季節、中村八大、松任谷由実大滝詠一、杉真理、湘南乃風、キマグレン、吉田秋生、村上春樹、徳富蘆花、スラムダンク、大佛次郎、立原正秋、石原慎太郎、石原裕次郎、伊集院静、三上延、加山雄三、山下達郎片岡義男、南鎌倉高校自転車部、小津安二郎黒澤明、ホットロード、是枝裕和、俺たちの朝、クレイジーケンバンド、杉山清貴&オメガトライブ、彼女が水着に着替えたら、わたせせいぞう、アジアン・カンフー・ジェネレーション、TUBE 、DESTNY鎌倉ものがたり、海街diary、ピンポン、狂った果実、湘南純愛組、

実は太文字のアイテム以外はほとんど知らないし興味がない。やはり実際にこの本を読んでみないと分からないことが多い。ホイチョイ映画ならば「波の数だけ抱きしめて」(1991)も湘南イメージだと思うけれど。

結局「湘南」とは、ある種「空想的ブランド」なのだろうか。本書を読めば色々わかることがありそうです。既述の様に刊行後すぐに届く様に予約したので、読了次第、稿を改めて報告します。


私事で恐縮ですが、筆者は長らく東京都の西部(杉並区〜世田谷区〜小金井市)で育ち暮らしてきたのですが、事情で数年前から三浦半島に住んでいます。葉山の山を越えた内陸側の辺りですが上空を鳶(トンビ)がピーヒョロロ〜と鳴きながら悠然と飛んでいます。個人的に「湘南」というのは自動車のナンバープレートに書いてある文字であって、しかも筆者が住んでいるエリアは横浜ナンバーなんです。あるいはクッキーの商品名。逗子の踏切の横に自販機もあります。

田園調布や南青山、西麻布といった具体的な地名に誘発されるイメージとは異なる「湘南」というイリュージョン。この本を読んで確かめてみるのも良いかもしれません。

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