樽見鉄道は、旧国鉄時代に大垣〜金沢間の建設を目指して1935年(昭和10年)に着手された樽見線がその始まり。

着工から20年以上かかって、1956年(昭和31年)に大垣〜谷汲口間が開業。

谷汲口の旧ホーム。元は島式ホーム1面2線だったことが分かる。木々の間からボロボロになった旧国鉄の客車(オハフ502)が見える。
谷汲口

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旧ホームにあった古い駅名標。背後に旧国鉄の客車(オハフ502)。
谷汲口

1958年(昭和33年)美濃神海まで延伸開業。

ここも島式ホーム1面2線。
神海

1984年(昭和59年)樽見鉄道に経営が転換されて現在の神海に改称された。
神海

しかし、この後樽見まで延伸開業するのは30年以上経った1989年(昭和64年=平成元年)のことだ。長く「名前が樽見でも樽見を通らない樽見線」と言われていたのだ。

沿線は今も昔も人口希薄地帯である。本巣に誘致された住友セメント(現・住友大阪セメント)からの貨物輸送がメインの路線だった。

本巣駅には樽見鉄道本社や車両基地がある。左奥に現・住友大阪セメント岐阜工場の煙突が見える。かつては専用線が敷かれていた。
本巣

1980年(昭和55年)12月に国鉄再建法が公布され、樽見線は第一次特定地方交通線に指定され廃止対象になった。神海〜樽見間の工事は費用の76%が完成していたが1981年(昭和56年)に凍結された。

しかし沿線が第三セクターを選択し、大垣市に本社を置く西濃鉄道や住友セメントが主な株主となって樽見鉄道が設立され1984年度に経営が転換された。

神海〜樽見間の工事も1986年(昭和61年)に再開され1989年(昭和64年=平成元年)に延伸開業した。

樽見。ここも島式ホーム1面2線。大垣から70分弱。
樽見

線路は奥で合流し、さらに延びている。かつてはここから越美北線の越前大野まで線路が延伸される予定だった。樽見から国道157号線で温見峠を越えて越前大野までは50km以上あるだろうか。山また山の難路だ。人もほとんど住んでいないエリアだから鉄道を敷設する意味はあまり無いだろう。
樽見

樽見駅は山間にあるからどちらを向いても山がある。
樽見

車両は2005年新潟トランシス製ハイモ295ー510形(516)。現行では唯一、樽見鉄道色で運用されている。
樽見

大垣には朝の5時台の始発から21時まで1時間に1本が運行されている。22時台の最終は本巣行。

2007年に不審火で駅舎が全焼して、現在のものは2008年に新たに建てられたものだ。
樽見

残念ながら駅前には何も無い。町までは歩いて10分もかからないが、コンビニも無いし、食堂が数軒あるくらいのこぢんまりした場所だ。

写真は全て筆者が2015年に撮影したものです