駅の周囲は無人地帯 晩夏鉄道旅顛末記21【50代から始めた鉄道趣味】167

2019.12.04

トップ画像は深浦駅前で海を見ていた時にアタマの上を飛んでいた(たぶん)鳶(トビ)。かなり大きかったのでどうにか写真におさまりました。キハ40系ネタが切れた、ということでもあります。

艫作駅を出て、森の中を走ります。アップダウンが続きます。

艫作駅から1.9kmでウェスパ椿山駅。

この駅に来ると必ず見てしまう8620形蒸気機関車78653号。ガラスに内側のものが反射して見難くなっています。すみません。走ってる列車から撮ったので、この1枚しかありません。

五能線を走っていたのかと思っていましたが茨城県の公園に静態保存されていたものを2006年(平成18年)にこの場所に持って来たそうです。1924年(大正13年)日立製作所製造。1970年(昭和45年)水戸機関区で廃車になっています。

実際に五能線で走っていた蒸気機関車も8620形だったのです。それが残されていないのは残念。

ウェスパ椿山という施設の詳細を知らないのですが。駅前の建物は物産館「コロボックル」です。何故アイヌ伝承の小人の名前が使われているのか、不思議ですけれど。時計があっているとすれば、この時点で列車は約30分の遅れです。時刻表的には14:49到着なのです。

駅名標も写っています。この駅は新しく2001年(平成13年)に作られています。ウェスパ椿山自体は1995年(平成7年)の開業です。開業当初はリゾートしらかみのみが停車していましたが、翌2002年(平成14年)からは普通列車も停車するようになりました。

ウェスパ椿山という観光施設は無人地帯に作られた様です。2004年の少し古い国勢調査データからは、ウェスパ椿山駅を中心にした半径500mに住民はいません。半径を1kmに広げても無人地帯です。直径2kmの範囲内が無人という駅はほとんど存在しません。

ウェスパ椿山駅を出ると農地もあって穏やかな景色が広がります。

駅予告票が草の陰で見えません。(笑)

駅が見えました。陸奥沢辺駅です。弘前駅で聞いた情報ではこの辺りの雨がひどかったらしいのですが。

ウェスパ椿山駅から2.4kmで陸奥沢辺駅。単式ホームですが右下に駅舎が見えます。

駅名標。1936年(昭和10年)国鉄駅として開業。既に1921年(大正10年)に宮城県の栗原軌道による沢辺駅が開業していたために旧国名の陸奥が冠されています。

栗原軌道は栗原鉄道、栗原電鉄をへて、1995年(平成7年)には非電化の「くりはら田園鉄道」になりましたが沿線の人口減少などもあって2007年(平成19年)には残念ながら廃止されてしまいました。この「くりはら田園鉄道」に乗れなかったことも悔やまれます。

陸奥沢辺駅は1971年(昭和46年)に無人化されました。

この後通る大間越駅や東八森駅と共通仕様の国鉄末期に多く作られたカプセル式待合室。どうもこの「カプセル式」というのが分明ではないのですが、小さいという意味? とすれば、もっと小さな駅舎はいくらでもあるのです。旧国鉄末期に国鉄さん自身がその様に呼んだということなのでしょうか。付け焼き刃の鉄道ファンなので分からないコトがいっぱいあって、すみません。

雨もあがっていますし、このまま東能代駅まで行けたら嬉しいな。

(写真・記事/住田至朗)


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