日本海も見納め 晩夏鉄道旅顛末記27【50代から始めた鉄道趣味】173

2019.12.10

※2014年7月撮影

トップ画像は、2014年(平成26年)7月、鰺ヶ沢駅に停まる弘前行。キハ40 532。

滝ノ間駅から1.8kmで八森駅。右カーブの内側にホームがあるので前面展望は写りません。こればっかりは致し方ありません。

辛うじてホームが写りました。待合室があります。

2016年11月に能代駅から岩館行に乗った際に車窓を撮った写真です。冬なので草が無いので見やすいですね。側線が延びてきます。駅の海側に八森の町が広がっています。

※2016年11月撮影

元が島式ホーム1面2線+単式ホーム1面1線でした。ホーム柵の向こうに線路があって島式ホーム時代の痕跡が残っています。向こう側にレールは撤去されていますが、単式ホームが残っています。その向こうの建物は、元貨物駅だったのでしょうか。現在は使われていない様です。日本海が広がっていますね。

※2016年11月撮影

その時のホーム、待合室は見えますが秋田杉で作られたという駅舎は見えません。ホームの東能代側に階段があって駅舎に降りてゆくのですが、実は八森駅舎を見たことがないのです。以前は旧単式ホーム横の建物を駅兼待合室だと思いこんでいました。

※2016年11月撮影

駅名標。1926年(昭和元年)鉄道省の椿駅として開業。同時に椿機関庫(駐泊所)も設置されています。33年後の1959年(昭和34年)旧八森町役場移転に伴って隣の旧八森駅が現在の東八森駅に改称されます。その後、椿駅から八森駅に改称されました。八森町自体は2006年(平成18年)峰浜村と合併して八峰町が発足したことで廃止されています。

既述の様に、元々は島式ホーム・単式ホームの2面3線の駅でした。現在工業団地になっている駅の北600mほどの場所に日本海金属発盛精錬所があって電化された専用線がありました。当初は軌間762mmの特殊狭軌(軽便鉄道)でしたが国鉄との連絡を考慮して狭軌(1,067mm)に改軌されました。1983年(昭和58年)精錬所の廃止で専用線も廃止。翌1985年(昭和60年)駅舎が八森町商工会館(現・白神八峰商工会)との併設で新築されました。1990年(平成2年)頃に駅は無人化。秋田杉で建てられた駅舎として2002年(平成14年)東北の駅100選に選定されています。

八森駅を出てしばらくすると鹿の浦展望台があります。屋根の塔が特徴的な建物は展望台駐車場のソフトクリーム屋さん。これで五能線からの日本海は見納めです。この後は内陸部を進みます。

周囲は田圃になりました。真っ直ぐ進みます。

駅予告票。線形が元は相対式ホーム2面2線だった様に見えます。

単式ホームに白い駅舎があります。

いよいよ終点の東能代駅に少し近づいてきました。

(写真・記事/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事

こちらの記事もオススメです