いつ交換設備が撤去されたのか分かりません 水郡線全駅15【50代から始めた鉄道趣味】204

2020.01.10

トップ画像は近津駅。レンタカー撮影初日2019年8月29日(木)に最後に来た駅です。夕方が近づいて暗くなってきました。待合室には「Suigun-026 CHIKATSU」とデザインされています。水郡線に駅番号はありませんが、水戸駅を0としてスタートすると近津駅は26番目です。

前面展望は、8月25日(日)。近津の駅予告票です。

おやおや、この駅も線路の形から相対式ホーム2面2線だったコトが分かります。交換設備は撤去されています。

左に使われなくなった相対式の旧ホームが残っています。正面は八溝山地。この駅から水郡線は左(東)の阿武隈山地と右(西)の八溝山地との間を谷に沿って走ってゆきます。

近づくと旧ホームがハッキリ分かります。

一応、ここまで寄った写真も撮りました。正面に並ぶ旗は、先で水郡線を横切る国道289号線に掲げられている交通安全の旗です。

駅出入口のアップ。駅名の上にMの様な意匠がありますが、意味は不明です。

待合室内部です。足下の四角い白線は何でしょうか?

ホームに出て、安積永盛駅方面を見ています。相対式時代の旧ホームは少しズレて設置されていたみたいです。レールが置いてありますが、保線用?

駅名標。近江(おうみ)と読むコトに馴れていたので「おうつ」ならぬ「ちかつ」は当たり前の読み方ですけど何となく新鮮。1932年(昭和7年)水郡南線磐城塙駅~磐城棚倉駅間が延伸開業。そのタイミングで近津駅は設置されています。線路の形で分かる様に元々は列車交換可能な駅でした。しかしインター・ネットなどで調べた範囲では、正確にいつ交換設備が撤去されたのか、旧木造駅舎が現在のモダンな待合室にいつ改築されたのか、などは分かりません。地元の図書館などに行けば分かるのかもしれませんが、力不足ですみません。

近津は、1889年(明治22年)の町村制施行で、寺山村・八槻村・流村・下山本村・中山本村・北山本村・上手沢村・下手沢村・塚原村・関口村がまとまって近津村になって誕生した地名です。1955年(昭和30年)に、棚倉町・近津村・社川村・高野村・山岡村が合併して棚倉町が発足しました。これにより近津村は消滅。近津駅と近津郵便局、近津小学校に古い地名が保存されています。

逆にこれから向かう水戸方面。山々が見える様になってきました。

ホームから待合室を見ています。待合室の横に移っているのは広い駅前広場に面している「福島県農業共済組合白河支所棚倉出張所」。水郡線に沿う形で水戸方向の駅横に大きな製材所がありました。駅前の写真を撮っていなかった・・・未熟ですねぇ。すみません。

では、水郡線全駅16【50代から始めた鉄道趣味】205 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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