駅の周りは実りの秋 水郡線全駅45【50代から始めた鉄道趣味】234

2020.02.09

トップ画像は、常陸太田駅側の踏切から谷河原駅全景。周囲は見事に稲の実った水田が広がっていました。奥が上菅谷駅方面になります。ホーム上に保線員の方がいました。

2014年(平成26年)8月の前面展望。元写真が縦型なので加工してあります。上菅谷駅側のホームは微妙に直線になっていることが分かります。

※2014年8月撮影

駅の西側に大きな駐車場があったのでソコにレンタカーを駐めて駅に向かいました。西側の手前から駅全景。ホームに上がるバリアフリーのスロープと待合室が手前にあって、上菅谷駅方面にホームが伸びています。

常陸太田駅側の踏切から駅を見ますがホームがカーブしていて奥までは見えません。

駅への出入口。スロープと階段。明らかに新しく作り直されています。

ホームに上がって駅名標を入れて上菅谷駅方面を見ます。ホームも新しいですね。2014年の写真では、ホームの上菅谷駅側は一段高くなっていました。待合室も新しく作り直されて新しいものに替わっています。

駅の南側は見渡す限り稲穂の実る水田が広がっています。圧倒的な広さ。撮影は2019年8月30日です。収穫間際。

駅名標。ホームは新しいですが、駅が作られたのは1935年(昭和10年)国有鉄道時代。当初は、佐竹駅でした。1889年(明治22年)町村制施行で、磯部村・天神林村・谷河原村が合併して佐竹村が発足しています。つまり駅が作られた頃は佐竹村だったのです。1954年(昭和29年)佐竹村は佐都村・誉田村・機初村・西小沢村・幸久村とともに太田町に編入され佐竹村は消滅しました。太田町はすぐに市制施行で常陸太田市になりました。余談ですが河合駅周辺に幸久小学校、幸久幼稚園があったのは幸久村の名前が残ったのですね。

佐竹駅は、1941年(昭和16年)から1954年(昭和29年)に営業が再開されるまで休止となりました。営業再開と同時に佐竹村が消滅したタイミングだったので谷河原駅に改称されます。おそらく駅は、明治時代に合併して佐竹村になった谷河原村があったエリアなのでしょう。駅所在地は常陸太田市磯部町七反田ですが駅の南側に谷河原町があります。

駅名標と新しくなった待合室というかホーム上屋を入れて終点の常陸太田駅方面を見ます。

かつては木造の待合室でしたが、今は簡易屋根付きベンチです。ホームに8.2km(上菅谷起点)のキロポストがあります。

2014年(平成26年)の前面展望で常陸太田駅に向かいます。源氏川という典雅な名前の川を渡ります。

※2014年8月撮影

常陸太田の駅予告票です。

※2014年8月撮影

では、終点の常陸太田駅に到着します。

水郡線全駅46【50代から始めた鉄道趣味】235 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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