風景に変化があまりないのです【私鉄に乗ろう100】函館市電03

2020.03.07

トップ画像は、函館市電9600形電車。2007年(平成19年)に営業運転を開始した最新型超低床車両。愛称は「らっくる号」。2018年(平成30年)までに4両が導入されました。アルナ車両製造で今後も増備される予定。写真は2010年(平成22年)導入の9602号。

写真は719号の車内に掲出されていた「軌道運輸規程(運輸省令)」って、運輸省が存在したのは2001年(平成13年)1月まで、その後は国土交通省です。だって「煙草をのむこと」なんて言い方は最近はしませんよね。

それに書体がどうみても活字じゃないです。函館市の右筆(ゆうひつ=文官 筆で文字を書くのが職業の人)がウデを振るったモノをそのまま印刷したのか、もしかしたら直筆を使用しているかもしれない、と思った次第です。残念ながら他の車両で探していないので未確認です。でも珍しいですよね。

地図で見ても松風町停留場から中央病院前停留場まで市電はほぼ真っ直ぐ進みます。正面の大きな建物が中央病院です。道路の案内標識でも道なりに進めば湯の川です。

300mで千歳町停留場。

運転士さん越しに千歳町停留場。この停留場も上下ホームが交差点を挟んでいます。1913年(大正2年)東川橋駅として開業。1919年(大正8年)新川橋駅と改称。

ここで登場するのが新川車庫です。東川橋停留場から引き込み線が設けられて開設されました。1926年(昭和元年)火災によって30両(31両説もあります)の車両と共に焼失しましたが再建されました。再び1934年(昭和9年)の函館大火で焼失して、車庫と工場の機能は駒場車庫と柏木車庫に分散されました。車庫跡地には、函館水電~帝国電力の後身北海道電力の函館支店が建っています。停留場から150mくらい離れた亀田川沿いにあります。

その後、時期はハッキリしませんが新川橋駅は千歳町停留場に改称されました。1947年(昭和22年)にはいったん警察署前停留場に改称されますが、1973年(昭和48年)千歳町停留場に戻されています。

亀田川を渡ります。手前の岸に「亀田川」と書かれた看板が立っています。

千歳町停留場から300mで昭和橋停留場。1959年(昭和34年)開業。すぐ左(西)側に函館赤十字病院があります。

正面の中央病院がどんどん近づいてきます。

昭和橋停留場から300mで堀川町停留場。すみません、写真がちょっとピンボケですね。

中央病院の建物がデカくなってきました。カメラの調子が悪いワケではありません。天気がイマイチで光量が足りないことと路面電車の揺れでブレちゃうみたいです。対向車でヘッドライトを点灯しているクルマがいるくらいですから。

堀川町停留場から600mで千代台停留場。2017年(平成29年)に改築工事が行われて停留場が新しくなっています。ただし電車側からは停留場名が分かりません。停留場自体は、1913年(大正2年)営所前駅として開業。1947年(昭和22年)千代ヶ岱駅に改称。1968年(昭和43年)千代台停留場に改称されています。停留場近くに千代ヶ岱陣屋跡があります。旧幕府軍が新政府軍と戦った戊辰戦争最後の戦闘地です。陣屋の痕跡は残っていませんが看板や碑などが立てられています。

千代台停留場の表示。

路面電車です。広い道の真ん中の併用軌道をスイスイと走ってきて、何と言うか、風景も似た感じが続いています。こんなモンですかね。

では 【私鉄に乗ろう100】函館市電04 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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