温泉で暖まりたいなぁ【駅ぶら01】小田急線65

2020.01.07

この辺りもアップダウンが激しいのです。勾配標20パーミルを上ります。

そして同じ様に勾配標20パーミルを下ります。トップ画像はこの写真を撮った直後のカットです。

東海大学前駅から1.1kmという短めの駅間で鶴巻温泉駅です。下り勾配の底に駅があります。

ホームがかなり右にカーブしています。全体は写せないですね。相対式ホーム2面2線に跨線橋というパターンです。

新宿側に踏切があります。

一つ前の東海大学前駅までは各駅に下車して撮影しながら新宿方面に向かっていました。実は、朝イチの前面展望で逆光になったので新松田駅以降はもう一度撮り直しながら進んできたのです。ところが、撮った本人が理由を忘れてしまったので謎なのですが、この鶴巻温泉駅と伊勢原駅は前面展望だけで下車せず、愛甲石田駅まで行って下車、駅撮影をしてから伊勢原駅、鶴巻温泉駅と戻り(下り)ながら駅の撮影をしているのです。しかも、次回の伊勢原駅で露見しますが、この時の伊勢原駅、愛甲石田駅の駅撮影が実に雑で必須のカットを取り忘れているのです。

流石に朝の6時半くらいから前面展望を撮り始めて愛甲石田駅で14時過ぎ、8時間近く撮影などしていて63歳の爺さんはくたびれて集中力がキレてしまった様なのです。幸い、この鶴巻温泉駅は比較的マトモなカットが撮れていました。鶴巻温泉駅の後は、本厚木駅、厚木駅とまた順撮りをしています。

その様なワケで、鶴巻温泉駅の駅の撮影は、下りホームに降りて跨線橋へのエスカレーターの写真から始まっています。2018年(平成30年)に完了した鶴巻温泉駅橋上改札口整備事業で美しい木材仕上げの内装が施されたエスカレーターです。

跨線橋の内装も木材仕上げです。なかなか風情があって良いですね。新松田駅では唐突にトイレだけ木材仕上げでしたが。(笑)

いったん上りホームに降りました。北口改札が上りホームにあるのです。下りのロマンスカーが通過してゆきました。

駅名標。1927年(昭和2年)鶴巻駅として開業。当時の駅所在地は、神奈川県中郡大根村大字落幡字鶴巻だったのです。駅名を字の鶴巻にした結果、鶴巻の知名度が上がったために1955年(昭和30年)に秦野市に編入された際に大字、かつての落幡村ではなく鶴巻という地名になりました。それで落幡村の名前を残す石碑が駅前に建っています。

1930年(昭和5年)温泉組合からの要望で鶴巻温泉駅に改称されました。戦時中に「温泉という駅名は非常時に相応しくない」という当時らしい理由で鶴巻駅に戻されましたが、戦後、鶴巻温泉駅に再度戻されています。

上りホームにある北口改札に向かいます。ここも木材の内装が素晴らしい。

北側改札口。

北口です。

駅前はロータリーがあってキレイに整備されています。

これが駅名標のところに書いた「落幡村村名保存碑」です。

北側に「小田急開通四十周年記念鶴巻温泉駅敷地顕彰碑」があるというのでかなり探し回りましたが見つけられません。駅員さんに尋ねたら「そー言えば、そんなモノがあったよな~、さてどこにあったのかな、駅舎改修で動かしちゃったかもしれないけど、撤去したことはないから」と一緒に探してくれました。幸い夕方の忙しくなる時間の前でした。

しばらく探して、見つかったのが踏切横の植込みの中。伸びた植物の陰になって見えなかったのです。

手前の植物を手でどけて撮りましたが、文面は判読できません。小田急開通四十周年記念ですから1967年(昭和42年)に建てられたものです。おそらく駅の敷地を提供してくれた地元への感謝が刻まれていると思われます。

踏切を渡って南側に行きました。新しく作られたペデストリアンデッキと駅前広場があります。時刻は15時10分。急がないと夕暮れになりますぞ。

ペデストリアンデッキに上がって南改札口に行きます。

改札に入って次は本厚木駅駅に向かいます。

上りホーム新宿側先端から踏切と南側のペデストリアンデッキが見えました。

と、ジタバタしながら次の駅に向かいます。【駅ぶら01】小田急線66 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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