宮崎空港から海沿いの国道を伝って南へ10km。

「鬼の洗濯板」なる奇岩が島のまわりを囲む、周囲1.5kmほどの小さな島、青島。

少子高齢化に超高齢社会という荒波が各地に押し寄せるなか、宮崎の名所・青島も独自の取り組みで地域活性化へむけて動き出している。

ADVERTISEMENT

ここ青島で12月21日に開催された「あおしま海幸山幸冬まつり」もそのひとつ。

あおしま海幸山幸冬まつりは、青島に残る神話「海幸山幸」をテーマにしたイベントで、ことしは天候にも恵まれ、会場では、ぼたん鍋や刺身といった宮崎名物を来場者に振る舞い、行列ができた。

またステージでは、青島臼太鼓踊りや宮崎で活躍するアーティストがそれぞれのパフォーマンスで会場を盛り上げ、世代を超えて青島の魅力を共有。

↑↑↑の画像のように、綱引き大会では、青島にゆかりのある仮装で挑む出場者が集結。おもしろい仮想とは対象的に、勝負はガチ。白熱する綱引きを繰り広げ、来場者たちも力を込めて声援。終わってみれたみんなでハイタッチする姿が。

そして青島の空が暮れるころ、彩り豊かな花火が冬の夜空を飾り、拍手に包まれて、フィナーレ―――。

この「あおしま海幸山幸冬まつり」にむけて、半年前から動いてきた実行委員たちは「無事に開催できてうれしい」と振り返る。

青島の自然を次世代に残しながら、青島ライフを全国発信

「昨年は悪天候に見舞われイベントが止む無く中止となったこともあり、ことしはほんとうに盛り上がった。地元の人たちや、協賛してくれた企業・団体の支援があってこそ。無事に開催できてほんとうにうれしい」と話すのは、青島商工振興会 長友安隆 会長(青島神社宮司)。

「青島は、1月の『青島神社 裸まいり』から始まり、春から夏にかけてはサーフィン、秋には地域のお祭りと続く。そのいっぽうで、冬の青島はこれまで目玉のイベントがなく、観光客も減ってしまうことが課題だった」

「そんな冬の青島を盛り上げようと、地元の人たちや観光客、地域で働く人たちみんなが楽しめるイベントを、青島が大好きな自分たちで創りたいという想いから、この『あおしま海幸山幸冬まつり』を立ち上げた」(長友安隆 会長)

また、長友安隆 会長は、「イベントの成長と同時に、青島が町としても成長していくことが大事」と語り、2回目の開催となる今回は、地元で活躍するアーティストの出演や青島焼の陶芸体験など、青島ならではの企画を増やし、これに地元の人たちも賛同し協力した。

「人と人とのつながりでステージができあがるこの『あおしま海幸山幸冬まつり』のように、青島でのライフスタイルを全国に発信し、評価されるような街にしていきたい。青島の一番の自慢は自然景観。青島という自然の造形を、次の世代にもしっかりと残していくためにも」(長友安隆 会長)

「帰る場所づくり」「青島の活性化」でつながる地元の結束

青島海幸山幸冬まつり鬼塚功次郎 実行委員長(写真左)と青島食肉の渡邉次郎さん(右)もそんな想いを抱くひとり。こうしたイベントを通じて地域の人たちの一体感や団結力、支え合いのきっかけになればという想いで、「あおしま海幸山幸冬まつり」を準備してきた。

「ほんとうにたくさんの人たちに支えられて、この『あおしま海幸山幸冬まつり』が実現した。準備に半年前から集まってくれたメンバーや協賛してくれた企業のみなさん、そして以前から交友関係のある実業家の嶋村吉洋さん(嶋村塾)にはまつりのホームページを制作してもらった。『青島の活性化』という、ただひとつの志だけで関わってもらえたことに、感謝している」

「成人すると宮崎県外へと出ていく若者も多い。でも、県外で暮らしてみて初めて宮崎のよさを実感することもある。われわれは、彼らが『やっぱり青島はいいな』と思ってもらえるような、場所づくりを続けたい。そして、子どもたちの声があちこちからたくさん聞こえる町にしたい」(鬼塚功次郎 実行委員長)

―――2回目の「あおしま海幸山幸冬まつり」を成功させても、「まだまだ試行錯誤の段階」と語り、このまつりを続けていくと意気込む宮崎・青島の人たち。青島に新たな冬の風物詩の始まりに立つ彼らは、最後にこう語っていた。

「多くのスポンサーに支えてもらえることに感謝しつつ、今後は青島の冬のイベントとして根付かせ、青島の冬の風物詩として愛されるよう、みんなで続けていきたい。そしてもっと青島を活性化させるべく、自立したまつりをめざしていろいろ仕掛けていきたい」

<あおしま海幸山幸冬まつり公式HP>
https://www.aoshima-fes.com/