「青春18きっぷが値上がりする」――そんなニュースが流れたのは2019年の8月23日のことでした。JR各社は10月1日に実施された消費税率改定にあわせ、18きっぷの値段を1万1850円から1万2050円に変更しました。値上げ幅自体は1日あたり40円と誤差レベルですが、18きっぷそのものの注目度の高さもあってビッグニュースとなったことを覚えています。

写真は1万2千円台に突入した青春18きっぷです。「瀬戸内マリンビュー」ラストランの際に「18きっぷで乗れる観光列車って記事の中でも紹介しとるし、実際に試すべきやろなぁ」という気持ちから購入したのですが、その後使う機会もなく三日分余ってしまっていたのです。

せっかくなので使い切りたいなあ、ということで今年は久々に「青春18きっぷ」を使って帰省することにしました。

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記者の実家は広島県の東端、のぞみも停まる福山市にあります。18きっぷを使えば東京から福山まで1日で帰ることも不可能ではありません。しかしその旅程は学生時代に何度も経験していますし、東京からまっすぐ帰ったのではネタにはなりません。今回は三日分きっちり使い切る迷走ルートで帰ろうと思います。

青春18きっぷを知らない子供たち

本編に入る前に。

記者はかつて全く乗り物に興味がない子供でした。JR以外に私鉄が存在することを知らず、電車と気動車の区別も付かず、そもそも列車が日々決まった時間に運行しているという認識がありませんでした。「18きっぷ」の存在を知ったのも大人になってからのことです。

「鉄道チャンネル」視聴者・読者の方には不要かと思いますが、かつての記者のようなタイプも世の中には大勢おります。そういった裾野のニーズを掴むためにも「青春18きっぷ」の簡単な説明を付しておく必要があるでしょう。以下、不要な方は本編まで適宜読み飛ばしてください。

そもそも青春18きっぷとは

「青春18きっぷ」はまだJRが国鉄であった1982年3月に「青春18のびのびきっぷ」として発売されました。今の名前になったのは翌年から。当時のお値段は8,000円。時代を感じますね。

このきっぷではJRの普通列車(快速含む)が1日乗り降り放題になる権利を5日分行使することができます。1人で5日分使っても5人で1日分使っても構いません。5日分も必要ないという人は金券ショップで必要な日数分だけ余ったきっぷを買ったり、知人から余りを譲ってもらったりします。

きっぷを使う際は、その日最初に通るJRの有人改札で駅員さんに日付入りのスタンプを押してもらいます。あとは日付が変わるまでJRの普通列車に乗り放題。降りるときは改札できっぷを見せるだけでOKですから、運賃などを気にせず気になった駅などでふらっと途中下車して駅周辺をぶらついたりできます。

注意点として、一部の例外を除き特急列車・新幹線には乗れません。もしこれらの列車に乗る場合は、その区間の乗車券・特急券を購入する必要があります(18きっぷを乗車券として使うこともできません)。また、基本的には私鉄に乗ることも出来ません。

記者も昔「新快速って特急とはどう違うの?」「これはJRじゃないの? ひろでんは私鉄なの? そごうとは関係ないの?」というレベルだったので勘所を掴むまでは苦労するかと思われますが、適当に色んな列車に乗っていればそのうち慣れます。何事も挑戦ということで、まずはきっぷを買って自由気ままに旅に出ましょう。

ちなみに「青春18きっぷ」という名前ですが年齢制限はありません。記者は青春とも学生のような若々しさとも無縁ですが、購入をお断りされることもなければ使用の際に年齢を尋ねられることもありません。18きっぷは全ての人に開かれています。

青春18きっぷで旅をする際の心得

JRの普通列車に乗り放題なので、上手く乗り継げば遠いところまで格安で行けてしまうのが18きっぷのいいところ。始発に乗れば東京から新山口くらいまでは行ける。本来なら13,000円弱の乗車賃が2400円ほどで済むわけですから、これは破格です。18きっぷはまず何よりもこの安さで少年の心を掴むのです。

さすがに東京〜博多間ほどになると5,000円ほど払って一部区間を新幹線でスキップしたり、「ムーンライトながら」に乗るなどしてゴリ押す必要がありますが、それでも十分に安い。お金のない学生にとってこれほどありがたいきっぷもありません。

しかし18きっぷも良いことづくめではありません。心の底から鉄道が好きで「一日中車両に乗っていても苦にならないどころか体力が回復する」といった生粋の乗り鉄であれば話は別ですが、記者のようなインドア派ともなれば1日に何時間も電車に乗るとそれだけで体力が尽きてしまいます。

また、18きっぷで旅行すると観光のための時間を取るのは難しくなります。記者もついこの間山口県の湯田温泉から鳥取県の境港まで18きっぷで移動したのですが、カニ食べ放題のお店のランチタイムにギリギリ間に合わず「特急列車ならこんな悲劇は起こらなかった!」という悔しさを胸に水木しげるロードを疾走することになりました。

時間ギリギリを狙うのも危険です。列車の遅延や乗り換えミスにより当日中に目的地にたどり着けず、予約したお宿に泊まれないという悲しい事故も起こり得るからです。18きっぷの旅では特急や新幹線に切り替える勇断も時には必要となります。

そうした事情から、記者は18きっぷの旅に以下のようなマイルールを設けています。

(1)始発前提にしない。
(2)最終列車前提にしない。
(3)特急と新幹線のダイヤも調べておく。
(4)私鉄・路線バス・フェリーなどでショートカット出来そうなところはあらかじめ時刻を調べておく
(5)景色の良い路線(海沿い、渓谷)は出来るだけ午前中~昼の早い時間帯に乗る。
(6)観光出来なくても「また来れば良い」の精神で。
(7)「18きっぷを使えばどれだけ乗り潰せるか」という発想を捨てる。

「青春18きっぷ」で限界ギリギリを攻めるのはそれはそれで楽しいのですが、「安さ」と引き換えに失うものも決して少なくはありません。その点は弁えた上で使うことにしましょう。

長い長い前置きはここで終わり。そろそろ本編に入ります。

池袋〜高尾

まずはマイルールを破り、家から始発で池袋へ向かい、新宿で中央線に乗り換えて西へ。写真は6時47分ごろ、高尾駅に着いたところです。

いきなり3分クッキングのようなことをしてしまいましたが、18きっぷの旅では型に囚われない自由な発想が重要です。最初に夜行バスや飛行機で目的地とは正反対の方向に向かってもいいし、サイコロを振って行先を決めても良い。何ならTwitterで行先を募集して経路を作ってもいい。その自由度が18きっぷ旅の魅力です。

今日はコミックマーケットの二日目なので池袋駅では国際展示場に行って薄い本を買い漁らんとする人々の姿を見かけました。11月30日に相鉄・JR直通線が開業したためいつもの感覚で電車に乗って海老名へ連行される方もいるかもしれません。そんなときはそうにゃんに導かれたのだと思うことにしましょう。

高尾までは中央線が4、5分遅れていた程度で特にネタになるようなことはありませんでした。ここから先はこの列車に乗って次の目的地へ向かいます。

高尾〜甲府〜塩尻

高尾からは甲府で松本行きに乗り換えて塩尻へ向かいます。高尾から甲府まではワインで知られる勝沼などがあり、お酒が好きな人はここで下車して飲み歩いてもいいでしょう。

日野春では特急列車2本の通過待ちをしました。両方ともE353系でしたので特急あずさ51号とあずさ3号でしょうか。2019年3月16日のダイヤ改正から「あずさ」「かいじ」の定期列車は全てE353系に統一されたため、ちょっと乗っただけで「中央本線=E353系」のイメージがつきますね。

停車時間が長かったので他のお客さんと一緒にホームへ出て南アルプスの山並を撮影したり。ここ日野春駅は特急の通過待ちの間に跨線橋へのぼると良い景色が見られることで有名ですが、10分で上り下りして……というのは若干慌ただしいので今回はスルーで。

上諏訪・下諏訪では大勢のお客さんが乗り込んで来て一気に混雑し始めます。10時50分塩尻着。せっかくなので小休止を入れたかったのですが、中津川行きの列車との乗り換え時間が3分しかなかったので脇目も振らず5番線ホームへ急ぎます。

な、なんかやたらと人が多いんですが……東京メトロの午前10時ごろと同じくらい密集してるんですが、こんなに混むものなんですかね? 何にせよ美味い名古屋メシが食いたい気分なので一旦これに乗って名古屋方面へ!

塩尻〜中津川

いやはや、18きっぷシーズンは恐ろしい。塩尻における中津川行きへの乗り換えの厳しさもさることながら、乗客がなかなか降りて行かない。しかも2両編成。立ったまま中津川まで閉じ込められてしまう。塩尻で一旦外に出てお昼ご飯を食べるのが正解だったかもしれません。

この区間の景色は流石木曽路。贄川〜木曽平沢間と藪原〜原野間はここまで枯れ木ばかりなら紅葉の季節に訪れたいな……と思う程度でしたが、木曽福島の辺りからは窓外の景色に目を奪われっぱなしでした。

とはいえ普通列車の窓の大きさでは存分に外の景色を堪能するというわけには行きませんし、立ちっぱなしでは身体が辛い。混み合った車内で写真を撮ろうとすると他の乗客の邪魔になる。やはりこういうのはボックスシートで寛ぎながら流れてゆく木曽の自然を楽しむべき。JR東海がワイドビュー型車両を投入したくなる気持ち、完璧に理解しました。

途中停車駅でちょっと面白かったのは奈良井。訪日外国人の方々が列を成して降りて行きました。奈良井は江戸の雰囲気を残す街道や旅籠宿を楽しめる観光地としてインバウンド人気が凄いことになっているようで、今では日本人より外国人の旅行者の方が多いのだとか。

あとはやっぱり木曽福島。D51が静態保存されています。信州だから蕎麦屋も多い。すんき蕎麦も食える。蕎麦依存症の記者には嬉しい土地です。塩尻乗り換えならここでSLをじっくり鑑賞して昼食を取るべきだったかもしれませんね。

EKISOBA

12時52分、中津川に到着しました。車両から大量に吐き出された18きっぷ利用者が有人改札に押し寄せており、なるほどこれが18キッパー……と名物を見る観光客のような顔で眺めておりました。まあ自分もその列に加わるんですけどね。

話変わって。中津川駅には「根の上そば 梅信亭」というお店があります。改札を出なくともホーム側から注文出来るので、18きっぷ旅行者でなくとも乗り換えのちょっとした隙間時間でサクッといただけるようになっています。

「根の上そば」は2019年現在岐阜県に残る唯一の駅そばであり、おつゆは関東風。写真は天たまそば570円。味付けはやや濃いめなので生卵でほどよくまろやかにするとこれが実に美味い。

本当はこのまま多治見まで行って昼食を摂るつもりでしたが、木曽路の山々と蕎麦屋の看板に呼び覚まされた猛烈な蕎麦欲に耐え切れませんでした。というわけで今度は13時20分発の列車に乗り、多治見へと向かいます。

多治見には有名なうどん屋があるとか

多治見には「信濃屋」という大変有名なうどん屋があるそうです。

今回の旅では多治見か美濃太田で長時間足止めを食らうことになるため、このどちらかで昼食にしようと思っていました。で、調べたところ多治見には伝説のうどん屋があり、14時過ぎにこちらで降りて16時21分発の岐阜行きに乗れば休憩時間もたっぷり取れて、日付変更前に目的地に辿り着ける……

とまあそこまでは完璧な計画だったんですが、日曜休業の文字を見て崩れ落ちるところまでがお約束。仮に営業日であったとしても多治見着14時の時点で完売していた可能性も高いわけで、「コミケから逃げて多治見で『完売』の二文字に襲われる」という悲しみを背負わずに済んだだけマシということにしましょう。

気を取り直して駅前で少し休憩、太多線経由で本日最後の目的地である富山へ向かいます。

富山に向かうなら塩尻から大糸線経由で糸魚川へ行ってえちごトキめき鉄道とあいの風とやま鉄道に乗った方が良さそうなもんですが、今回は18きっぷ旅ということで2箇所を除いて18きっぷだけで移動出来るようにしておこう、という計画を立てているのです。

多治見、美濃太田、猪谷、富山

多治見〜美濃太田まではJR東海の太多線。美濃太田から富山までは高山本線です。猪谷はJR東海とJR西日本の境界駅。

16時21分多治見発の岐阜行きに乗ると、美濃太田で高山行きに、高山で猪谷行き、猪谷で富山行きにそれぞれ乗り換えることになります。美濃太田と高山は乗り換え時間がほぼゼロなのに猪谷では1時間以上かかるので、この乗り方はちょっとオススメできません。特に猪谷。夜遅いこともあって駅前に食事を調達出来そうな場所がない。多治見から即美濃太田へ行って飛騨牛を貪るのが正解でした。いや、本当の正解は適当なパンでも買って美濃太田から「長良川鉄道に乗る」だと思いますけどね。鉄道チャンネル的にはね。

この季節この時間帯になると夜の帳が降りているので景色は楽しめません。敢えて挙げるなら高山は夜景が綺麗でした。飛騨一ノ宮あたりからは線路脇に積もる雪を確認出来る程度。東京ではまだ雪を見ていないので今年の雪を見るのは何気にこれが初めて。

少し面白いな、と思ったのが下呂駅。下呂温泉があるので当然と言えば当然なんですが、ボックスシートに座っていた乗客がぞろぞろ降りていく。高山本線は観光路線なんだなぁ……というのを感じさせてくれる瞬間でした。

猪谷ではキハ120形の300番台に乗り換え。猪谷側が緑、富山側が赤というこの塗装は珍しい感じがしますね。猪谷駅では英語による案内もたくさん貼られており、「日本人わし一人では……」とビックリするほど外国人観光客が乗り込んできて今の観光地を象徴するようでした。

そんなこんなで23時1分に無事富山着。二日目は能登の方に行ってみる予定です。

記事/写真:一橋正浩