※2009年8月撮影

【50代から始めた鉄道趣味】の最初の頃に書きましたが、筆者は50歳を過ぎるまで「青春18きっぷ」の存在を知りませんでした。そして2009年8月、初めて青春18きっぷを使った第一回鉄道旅行に出かけました。今回はその時の写真をご覧いただきます。既に筆者のコラムに登場し重複しているかもしれませんが御容赦ください。

記念すべき初の青春18きっぷの旅は、実家の中央線から中央本線に乗り継いで松本駅まで来て大糸線に乗り換えて南小谷駅、ここまではJR東日本で電化されていました。ここからは非電化のJR西日本大糸線です。JR東日本とJR西日本があることは無論知っていましたが、大糸線の途中駅で鉄道会社が替わるということも初めてでした。現在でも在来線ではJR東日本とJR西日本の唯一の境界駅です。ちなみに高山本線の猪谷駅はJR東海とJR西日本の境界駅です。

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トップ画像は南小谷駅のホーム、2010年(平成22年)3月のダイヤ改正でキハ120形に置き換えられたキハ52-115に乗ることができました。2004年に国鉄一般色に復元されていました。

2010年(平成22年)の信州デスティネーションキャンペーンの時に駅舎の前に付加的な玄関の様なものが作られました。最近行っていませんが、たぶん佇まいが異なる元の南小谷駅舎正面です。以下の写真はオリジナルが4:3フレームで撮影したのでそのままご覧いただきます。

※2009年8月撮影

姫川に架かる橋から南小谷駅。

※2009年8月撮影

キハ52-115の運転台。

※2009年8月撮影

※オリジナルの写真が縦型なので加工しています

大糸線運賃表が出ています。南小谷駅-糸魚川駅間の運賃は650円。現在よりも30円安いのかな。次の平岩駅で糸魚川駅から南小谷駅に向かう列車は時間調整します。この時は逆なので時間調整はしませんでした。

※2009年8月撮影

キハ52-115の車内。乗客の大半が「あと半年となったキハ52」に乗りに来たと思しき鉄道好きの方々でした。

※2009年8月撮影

JR西日本の大糸線区間で唯一列車交換の可能な根知駅ですれ違うキハ52-156。首都圏色です。走行中の写真なので残念ながらブレています。

※2009年8月撮影

そしてこれは糸魚川駅で撮ったキハ52-125、2006年(平成18年)までは旧越美北線色でしたが、鉄道省色に塗り替えられました。

※2009年8月撮影

探したら旧越美北線色のキハ52-125の姿がありました。前回ご覧いただいた2005年9月に糸魚川駅で撮った写真に残っていました。

※2005年9月撮影

3両のキハ52は、2010年3月に引退後、115はJR西日本岡山支社で保存されています。125はいすみ鉄道に売却されました。筆者は2018年1月にいすみ鉄道でこの125にほぼ10年後に乗ることができました。写真は小湊鉄道との接続駅の上総中野駅ホームに停まるキハ52-125です。2014年(平成26年)に首都圏色に変更されています。現在稼働する唯一のキハ52形です。

※2018年1月撮影

残るキハ52-156は、糸魚川駅の駅舎1階の高架下施設「糸魚川ジオステーション ジオパル」の「キハ52展示待合室」に静態保存されています。塗装が国鉄一般色になっていました。

※2018年1月撮影

この2018年(平成30年)1月に糸魚川駅から大糸線に乗って帰京したのですが、上り列車は平岩駅で時間調整、たしか20分くらい停車したと思います。この時に(始発列車だったので早朝)運転士さんと雨のホームで雑談をしていて、正月にいすみ鉄道で懐かしいキハ52-125に乗ったことを話したら、運転士さんが自分もキハ52形を大糸線で運転していたと懐かしそうに話してくれました。元気そうに走っていましたよ、と言うととても嬉しそうでした。運転士さんが「キハ52は1両で走ったけれど、キハ120は軽いからお客さん少ないのに2両連結しているんですよ」と笑っていました。真偽は不明です。

※2018年1月撮影

筆者の気動車好きは、このキハ52形に乗ったところからスタートしたのです。この初青春18きっぷ旅の後、全国のローカル線でイヤに成る程乗ったキハ40系も大好きです。

(写真・記事/住田至朗)