※2014年3月撮影

トップ画像は、江差の町に入る手前で椴川(とどがわ)を渡ります。国道228号線の向こうに日本海が見えます。

上ノ国駅から6.1kmで終点の江差駅です。12:55着。乗って来た乗客がいったん全員降車させられました。ほとんどの人が江差線に乗りに来た鉄道ファンなので、そのまま並んで折返し13:07発の函館行に乗ります。

※2014年3月撮影

乗継時間が12分しか無いので慌てて駅名標。

※2014年3月撮影

1936年(昭和11年)湯ノ岱~江差間延伸時に終点として開業。1975年(昭和50年)木造駅舎が鉄筋コンクリートの駅舎に改築されました。それから40年も経たないウチに廃駅となります。

これが駅舎正面。オリジナルが縦なので加工してあります。駅前に江差町のキャラクター「しげっち」。これは北海道に伝わる「繁次郎話」の主人公をモチーフにしています。

※2014年3月撮影

そー言えば、江戸時代の旅人菅江真澄が椴川(とどがわ)の伝説を記録していました。彼は1788年頃から1792年まで松前藩の庇護の下、蝦夷地を旅して多くの記録を残しています。江差については寛政年間に書かれた「蝦夷喧辭辨(エミシノサエキ)」に書かれています。興味のある方は平凡社ライブラリー『菅江真澄遊覧記』(全5巻)がオススメです。

木古内駅掲出の北海道新聞記事。確かに筆者を含め、江差線で江差に来た鉄道ファンのほとんどがそのまま折返し列車に乗って戻っていました。筆者は、鉄道旅計画時には江差で一泊することも考えたのですが安いビジネスホテルが無かったので諦めたのです。今となっては少々出費しても江差に宿泊すれば良かった、と後悔しています。

※2014年3月撮影

さて筆者は、昨夜大館駅近くのコンビニで買った朝食を今朝6時前に食べて以来の”断食7時間”で、空腹は限界を越えていました。幸い駅舎内で駅弁を販売していたので速攻で購入。新・江差駅弁当です。870円。

※2014年3月撮影

これが美味しかった、って餓死寸前(ちょっと大袈裟)なので正確な判定は不可能ですが。檜山江差地場食材使用、寒のりご飯、鰊(ニシン)甘露煮、ばっちゃんの玉子焼き、じゃがいもカレーコロッケ、上ノ国フルーツポークの甘辛焼・他5品。文句ありません。

※2014年3月撮影

食餌に夢中で、中須田駅の写真を撮り損ねて14:12木古内駅に到着。そのまま函館行なのですが、木古内駅発が15:12、ってまた1時間木古内駅で過ごすのです。写真は列車交換した江差行。キハ40-1812。この車両もこの後道南いさりび鉄道に譲渡されます。

※2014年3月撮影

2016年(平成28年)以降は道南いさりび鉄道の駅になった釜谷駅。ワム8000形貨車改造の駅舎。

※2014年3月撮影

・・・かと思えば、隣の渡島当別駅には立派な駅舎があります。実は、渡島当別郵便局が一体化された駅舎なのです。

※2014年3月撮影

茂辺地駅手前の漁港から函館湾対岸に函館が見えています。個人的に「北海道に来たなぁ」と感じた車窓でした。

※2014年3月撮影

初めての北海道鉄道旅に筆者はすっかり夢中。この鉄道旅の時は、写真を公表するつもりはありませんから、全く個人的な記録です。拙い写真で申し訳ありません。

とは言え、コロナ・ウィルス感染拡大で家から出たくない日々です。筆者の古い鉄道旅の記憶で退屈を紛らわせていただければ幸いです。キハ40系と美しい風景を探して旅を続けます。

(写真・文/住田至朗)