甲賀流と伊賀流【50代から始めよう鉄道趣味】

2020.11.28

※2015年8月撮影

トップ画像、柘植駅ホーム、左は加茂駅から乗ってきた2両編成、既に先頭だったキハ120-11に尾灯が灯って加茂行になるのかな。でも右側には行先表示が加茂のキハ120-7もいます。

12時38分、柘植駅に到着。この駅も初めてです。1890年(明治23年)開業。何と三重県で最初にできた駅。これから乗る草津線と関西本線の接続駅。

※2015年8月撮影

草津線が到着。国鉄113系直流電車4両編成で運行されています。近畿地区地域統一色の深緑色。

※2015年8月撮影

ホームに停止。まだ尾灯が点いていますが、運転士さんが歩いてきます。

※2015年8月撮影

柘植駅の木造駅舎は建築時期が不明ですがホーム上屋などは開業時の建物財産標が付いている部分が残っています。

※2015年8月撮影

開業時の明治23年に作られた煉瓦積みのランプ小屋。築125年!

※2015年8月撮影

駅出入口。良い雰囲気ですね。

※2015年8月撮影

草津線は電化されています。左から登って来るのは非電化の関西本線。信号が青になって草津線出発します。

※2015年8月撮影

油日駅。1959年(昭和34年)開業。2002年にスゴク個性的な駅舎が新築されています。駅所在地は滋賀県甲賀市甲賀町上野ですが、駅名は、1889年(明治22年)町村制施行で誕生した油日村に由来しています。油日村は、1955年(昭和30年)近隣の村と合併して甲賀町になって廃止されました。現在も駅の南東に甲賀町油日地区があります。

※2015年8月撮影

甲賀駅。忍者は伊賀(いが)甲賀(こうが)と思っていましたが、駅名は「こうか」、所在地も「甲賀町=こうかちょう」です。1904年(明治37年)大原駅として開業。1889年(明治22年)の町村制施行で誕生した大原村に由来した駅名です。1918年(大正7年)大原市場駅に改称されます。大原村が発足した際に、大原市場村も含まれていました。駅の北西に甲賀町大原市場地区が今もあります。1955年(昭和30年)甲賀町の誕生によって翌1956年(昭和31年)駅名も甲賀駅になりました。

※2015年8月撮影

実際に甲賀流という忍術流派が江戸時代には存在した様ですが、後世の伊賀忍者vs甲賀忍者などの創作、マンガ(伊賀の影丸!)などで形成されたイメージが大きい様です。その中で甲賀「こうか」を誤って「こうが」と読むことが一般化しました。忍者集団としては医薬に長(た)けていた様で、今も甲賀には製薬会社が多いそうです。

貴生川駅に着きました。夏休みです。遊び疲れたのかな。(笑)

※2015年8月撮影

下り列車と交換します。貴生川駅は、1900年(明治33年)開業。近江鉄道も同時に貴生川駅に乗り入れています。現在は第三セクター信楽高原鐵道になっている旧国鉄信楽線が1933年(昭和8年)に開業。

※2015年8月撮影

13時1分、草津駅に到着。

※2015年8月撮影

奈良駅で朝食を食べましたが、お昼ご飯の時間です。駅そばがあった!

※2015年8月撮影

ありゃ、8月18日開店です。今日は12日。(泣)

駅舎の階下にチャンポンのお店がありました。関西でチェーン展開している様ですが関東者には初めて。

※2015年8月撮影

近江ちゃんぽん、750円。野菜好きとしては嬉しい野菜大盛。

※2015年8月撮影

さて、午後は東海道本線で普通に名古屋に向かいます。名古屋転勤時代の友人たちと一杯飲む予定なのです。

※筆者は既にコラムなどで青春18きっぷ鉄道旅の写真を度々使用しています。重複していますが、御容赦ください。

※価格、駅などは2015年当時のものです。

(写真・文/住田至朗)


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