西武鉄道池袋駅ホームに319枚の「ぬりえ」、応募者コメントに感動の涙――駅係員発の企画はこうして生まれた
駅ホームにずらりと並んだ「ぬりえ」
8月1日(土)から8月31日(月)にかけて、西武鉄道池袋駅(以下、池袋駅)1番ホームに「ぬりえ」がずらりと展示されています。その数なんと319枚。こちらは全て、同社のぬりえ企画「おうちであそぼう! 西武線ぬりえコンテスト」への応募作なんだそうです。
新型コロナウイルスの影響により緊急事態宣言も発令され、「STAY HOME」が唱えられた日々。鉄道事業者も各社特急列車の運休・減便等で対応し、おうちで楽しめるようにと「ペーパークラフト」「Web会議用背景配布」など様々な企画を実施しました。中でも「ぬりえ」は親子で楽しめる企画だったこともあり、鉄道車両やマスコットキャラクターの線画を配布した鉄道事業者は少なくありません。
西武鉄道のぬりえ企画もその一つ……ですが、経緯がかなり特殊です。発案は若い駅係員さん。しかも本社の広報ではなく「池袋駅」が中心となって取り組んだ点に他社にはない斬新さがありました。今回は発案のきっかけや緊急事態宣言当時の池袋駅の様子、参加された方々との交流の様子などを取材してきました。
発案から約2ヶ月、スピード重視の実現
本「ぬりえ」企画の発案者は池袋駅の駅係員である中澤正樹さん。実際に現場で鉄道を動かしている、いわゆる「現業」の方であると同時に、「いかにして質の高いサービスを提供するか」を考える「サービス向上委員会」(『笑顔マシマシ委員会2020』)のメンバーでもあります。
中澤さんは新型コロナウイルスの影響で自粛期間が続いたときに、小さなお子様から大人までどなたでも手軽に楽しめるような企画はないかと考えた結果、「ぬりえ」に辿り着いたそうです。西武鉄道のWebサイト「西武鉄道キッズ」ではペーパークラフトも公開されていますが、小さなお子様にとっては組み立ての難易度も高め。その点ぬりえなら未就学児でも気軽に楽しめます。
企画自体は3月末ごろから温めており、4月に入ってから管区長の田口さんに相談。結果、本社企画のイベントとしてではなく「池袋駅主催のイベントとして実現可能だろう」ということになりました。広報側でも「ぬりえ」を発信しようとする計画があったこともあり、そこから先はとんとん拍子で話が進み、6月1日には西武鉄道のWebサイトでコンテストの応募要項発表、6月10日からぬりえの募集が始まりました。西武鉄道という大会社の企画でありながら、提案が形になるまで2ヶ月もかかっていません。
もちろんこの決断の速さはコロナ禍の影響もあります。緊急事態宣言が発令され、GW前の本来なら一番客足の多い時期・ピークの時期にもかかわらず、池袋駅では「会話を控えている、大きな声で話さないというような雰囲気が如実に感じ取れましたので、変な話シーンとしている状態でした」(田口さん)「日中でも終電前とか終電後くらいの雰囲気で。電車は走っているんですけど、池袋なのにシーンとしている状況が何日も続きました」(中澤さん)という状況に陥っていました。4月末からは特急の運休も始まり、この雰囲気を打破するためにも、早めの実現が必要とされていたのでしょう。
可愛い絵柄の「ぬりえ」も多く、応募総数は300点越え
コンテストのために用意された「ぬりえ」は11種類。そのうち3つは西武鉄道広報部が元から用意していたもので、ぬりえとしては若干難易度が高いことから小学4~6年のお子様向けのお題として採用されました(上記画像赤枠)。
企画のスピード感を重視したこともあり、今回新しく用意されたのは右下の「レイルくん・スマイルちゃん」のみ。その他のぬりえには過去の電車まつりやトレインフェスティバルのワンコーナーで使われたものを使用しています。「40000系があればよかったんですけどね」とは管区長田口さんの一言。比較的柔らかい・可愛い絵柄のものが多いのは、中澤さん曰く「女の子にも参加してほしかった」からとのこと。
そうした配慮の甲斐もあってか、応募総数は319点。参加者の割合としては未就学児が171点で最多。1~3年のお子様が118点、4~6年のお子様が30点。1~3年のお子様の中には上級生向けのお題に挑戦された方もいらっしゃったようです。
田口さん曰く「70~80点ほど、100点以上応募が集まったら大成功」という認識だったそうで、これが蓋を開けてみれば予想以上の大盛況。応募作は7月31日に全て展示されたのですが、貼り出す場所にも苦労したといいます。
(※応募作品は西武鉄道Webサイト上で全て公開されています)
エントリーシートのコメントに思わず涙、駅係員と利用者の交流
「新型コロナウイルスで外出機会が少ないお子様におうち時間を楽しんでいただくのが大前提」ということもあり、基本的には手渡しではなく郵送での受付としましたが、池袋駅だけは改札でも受付を行ったところ、半数ほどは直接持参されたといいます。
エントリーシートにはコメント欄が設けられており、「コロナの中、鉄道を走らせていただいてありがとうございます」といった手書きのコメントを添えた方もいらっしゃいました。中澤さんはそうした温かいコメントを集計しているときに思わず泣きそうになってしまったそうです。
一利用者の実感として、駅係員さんに直接感謝を伝える機会はほとんどありません。でもそれは「感謝の気持ちを抱いていない」からではなく、そうした声を届ける機会が乏しいというのも理由の一つではあるのでしょう。ぬりえコンテストを通じ、利用者と駅係員さんの間で温かい交流が生まれたのは喜ばしいことではないでしょうか。
池袋駅側としてもこうしたコメントに勇気づけられ、応募者の方全員に参加賞を送付。手書きのコメントを全員に送り、さらに入賞者にはイベントで配ったノベルティなどのグッズもプレゼントしました。表彰式こそ感染症の影響を考慮して実施されませんでしたが、入賞者の中には池袋駅を訪れ、表彰状の受領や写真撮影をされた方もいらっしゃったそうです。
こうした交流は参加者にも好意的に受け止められたようで、西武鉄道本社側にも「直筆の駅員さんからのメッセージに感動した」といったお手紙が届き、現場でも本社でも大変モチベーションにつながるイベントに結実したことが分かります。管区長の田口さんによれば、今後も池袋駅では年に一回ほど、たとえば「お子様を招いて鉄道教室を開く」など、駅主催でのイベントを開催していきたいとのことでした。
文/写真:一橋正浩