関東鉄道竜ヶ崎線が開業120年 ヘッドマーク列車出発進行!

2020.08.17

記念ヘッドマークを取り付けた記念列車が野口正紀駅長の出発合図で発車。

関東鉄道竜ヶ崎線が1900年の開業から8月14日で120周年を迎え、竜ヶ崎駅で特製ヘッドマークを付けた列車の出発式を中心に記念セレモニーが開かれました。車両基地のある竜ヶ崎駅とJR常磐線龍ケ崎市駅(今年3月のダイヤ改正で佐貫駅から改称)に接続する佐貫駅を結ぶ4.5kmの路線で、途中駅は入地駅だけ。茨城県竜ヶ崎市民の足として機能してきた地域密着鉄道も利用客は減少傾向にあり、関鉄や地元の茨城県竜ヶ崎市は街歩きなどをPRして誘客に力を入れます。前半は歴史と車両、後半は当日の様子を紹介しましょう。

茨城県の私鉄で最古

開業年は日本の年号で明治33年。幹線鉄道の路線網建設が進む一方、鉄路の経済効果が浸透して各地で建設ブームが起きていました。開業時の社名は竜崎鉄道で、茨城県の私鉄で最古(JR線を除く)、全国でも7番目という歴史を持ちます。常磐線は1896年に水戸まで開業しましたが竜ヶ崎市街から離れ、地元は米出荷などで鉄道を待望。竜ヶ崎は旧伊達藩の飛び地として発言力を持ち、早期の鉄道建設・開業につなげたようです。当初は蒸気機関車がけん引する軽便鉄道でしたが、大正年間に改軌して一般鉄道になりました。

初期は稲敷市伊佐津への延伸計画もあったそうですが実現できず、全線が竜ヶ崎市内。竜崎鉄道は1944年、戦時統合で鹿島参宮鉄道に事業譲渡。戦後の1965年、常総筑波鉄道との経営統合で関東鉄道となりました。

所属車両は3両。模型のような鉄道

竜ヶ崎駅に停車するキハ532。かつての国鉄気動車・キハ35系に似た印象を受けます。

列車は1960年代初めまで、ドイツ型の小型SLが客車や貨車をけん引していました。無煙化当初は国鉄や私鉄から譲渡された気動車(DC)が活躍しましたが、現在は自社製DCに統一しています。

茨城県内の多くの中小私鉄が廃止された中で竜ヶ崎線が現在まで残ったのは、地域の都市機能が竜ヶ崎駅付近に集中し、通勤・通学の利用客が一定数いたこと、路線が4.5kmと比較的短く、コンパクトに経営できた点が挙げられるでしょう。竜ヶ崎市内のバスは竜ヶ崎駅を中心に路線ネットワークが組まれ、駅は交通結節点機能を担います。

車両は全部で3両で、ファンの一番人気は1981年製のキハ532形。片側3ドアのロングシートという典型的な通勤型車両ながら、ドアは今では珍しくなった片開き。ホーム高が低くドアにステップがある点も、かつての客車や気動車の名残をとどめます。機器類の一部は国鉄気動車から流用したそう。屋根にはかつての国鉄電車と同じ丸型ベンチレータが並びますが、室内にはエアコンが装備され、快適に利用できます。

他の2両(キハ2000形)は1997年製造のキハ2001とキハ2002で、同じ関鉄のキハ2100形に似た印象の近代的な気動車。キハ2002は竜ヶ崎市市制施行60周年記念で、2014年から市の公式キャラクター・まいりゅうを車体に描いたフルラッピング車両「まいりゅう号」(現在は2代目)として運行されます。

キハ2000形のドアは両開き。竜ヶ崎線は途中に行き違い設備のない全線単線で、佐貫方進行方向左側にしかホームがありません。右側のドアを使うことはないわけですが、他線区や他社への転籍時などに備え両側にドアがあります。1両運転が基本で、運転席は前後方とも佐貫方左側だけ。コンパクトな竜ヶ崎駅構内は、模型化したくなるファンもいるのではないでしょうか。

竜ヶ崎線の昨年度利用客は約80万9000人で、前年度に比べ2.6%減少しました。1日平均2216人で、かつての国鉄地方交通線の廃止基準(1日2000人)に照らせば、鉄道としての存続にはもう一段の利用促進努力が必要といえます。

ヘッドマークはSLと現在の車両、大漁旗贈呈も

竜ヶ崎駅トイレのリニューアルでは関係者がテープカット。

記念セレモニーは竜ヶ崎駅ホームで行われ、関鉄の松上英一郎社長と宮島宏幸常務、国土交通省関東運輸局の竹島晃鉄道部長、茨城県交通政策課の杉田敬課長、竜ヶ崎市の中山一生市長らが出席しました。

竹島部長と杉田課長が「関東鉄道と竜ヶ崎市や一般市民が一体となって鉄道を支え、120周年の節目を迎えたことをうれしく思う」(竹島部長)、「事業者と地元の連携を今後も継続してほしい」(杉田課長)のエールに、松上社長は「一人でも多くの方に利用してもらい、地元との連携を深めたい」と決意を述べました。

関鉄レールファンCLUBが製作した記念の大漁旗 関鉄レールメイトが松上社長に贈呈

お披露目された記念ヘッドマークは「竜ヶ崎線120周年」の文字と共に、開業時のSLが貨車と現代のキハ2000形をけん引するデザイン。開業時と現在の車両を描くことで120年の歴史を表現しました。キハ532に1年間取り付けられます。

120周年記念イベントとして、同日から竜ヶ崎駅の展示スぺースではじまったのが「竜鉄の歴史を探る企画展」。珍しいSLや旧形気動車の写真と共に、今回が初公開となる竜ヶ崎線の構内配線図などを公開します。

企画展で公開された鹿島参宮鉄道時代の竜ヶ崎駅構内配線図。竜ヶ崎二高の小野威人教務主任が竜鉄関係の書類に挟まれているのを偶然に見付けました。貨物の引込み線などで現在より線路配置は複雑。

企画展は竜ヶ崎第一高校と竜ヶ崎第二高校が競演。年内いっぱいは二高、来年の年明けからは一高が担当し、市民の交流の場を目指します。地元では行政と交通事業者、一般市民らがメンバーの「竜ヶ崎市地域公共交通活性化協議会」が鉄道利用促進の旗を振り、両校も活性化協の主力メンバーです。この日はリニューアルされた竜ヶ崎駅トイレもお披露目されました。

※竜ヶ崎の表記は竜ヶ崎と龍ヶ崎が混用されますが、本稿はJRの駅名以外、竜ヶ崎に統一しました。関鉄から提供されたSLや気動車の珍しい写真を別稿で紹介します。

文/写真:上里夏生


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