吹き起こる秋風鶴をあゆましむ【駅ぶら04】西武池袋線038

2020.10.15

※2020年6月撮影

トップ画像は、清瀬駅を出発する上り準急池袋行。「RED LUCKY TRAIN」9000系9003編成。「これで今日の撮影はOKだ」と素直に安心しちゃいました。(笑)

では東久留米駅を出発して前面展望です。前沢保谷線(都道234号線)の踏切です。この辺りも商店街です。

※2020年6月撮影

左の緑は小山台遺跡公園(小山緑地保存地域)。少し離れていますが線路の反対側には、氷川台緑地保全地域の森も広がっています。

※2020年6月撮影

沿線は低層の住宅街ですが、大きな集合住宅も見えます。

※2020年6月撮影

西武池袋線が左にカーブ。上り列車とすれ違います。トップ画像は、この直後のカットです。

※2020年6月撮影

東久留米駅から1.8kmで清瀬駅。島式ホーム2面4線。線形から上り列車の出てきた4番ホームが本線の様です。下り各駅停車は2番ホームに入ります。

※2020年6月撮影

橋上駅舎が見えます。清瀬駅は清瀬市にあります。市域の46%が緑地という緑豊かな市です。

※2020年6月撮影

踏切は小金井街道(都道15号府中清瀬線)。左(南)に行けば、小金井公園、小金井カントリーを通ってJR中央線武蔵小金井駅です。何度かクルマで通りましたが渋滞していました。

※2020年6月撮影

飯能・秩父、上り・下り線の間に留置線があります。シーサス・クロッシングもあります。

※2020年6月撮影

ここからは、8月5日に撮った【駅ぶら】カットです。上りホームの2番ホーム側から池袋方面。1番ホームは筆者が乗って来た上り列車です。

※2020年8月撮影

同じポジションから飯能・秩父方面。勾配標は下り3.2パーミル。

※2020年8月撮影

駅名標。

※2020年8月撮影

1924年(大正13年)開業。1969年(昭和44年)まで貨物営業をしていました。1971年(昭和46年)橋上駅舎化。清瀬市の人口は終戦時(1945年/昭和20年)の8,863人から、2015年(平成27年)には74,864人、約8.4倍と凄まじい増加です。特に1960年代から70年代にかけての宅地化で急増しました。(国勢調査)それでも市域の4割が農地。

上りホームから見えた「秘伝 考えた人すごいわ」の看板、ギリシア人の様なものも描かれていますが、業態不明。後で見に行かなくちゃ。

※2020年8月撮影

行ってみましたが、高級な食パン屋さんでした。

実家の武蔵小金井にも同じ様なコンセプトのパン屋さんがあります。清瀬駅のお店は知りませんが、武蔵小金井の方はお店の人がいちいち「能書きを垂れ」るのが鬱陶しいので1回ダケ買ってお仕舞いにしました。確かに安価な大手メーカーの食パンよりは格段に美味しいですけど「その分」高価なのです。それでも「能書き」を毎回拝聴するほどではありません。(笑)

筆者は「能書きを垂れる」飲食店は基本的にパスします。申し訳ありませんが、人間が狭量なのでお布施を払って説教を聞くのは法事だけで充分です。

橋上駅舎に上がって改札口です。コンコースが広いなぁ。

※2020年8月撮影

改札外から。右は「TOMONY」。

※2020年8月撮影

では、清瀬駅の回りを歩いてみます。

私事で恐縮ですが、亡父が句誌鶴の同人でした。清瀬と言えば鶴を創刊した俳人石田波郷を思います。戦前、清瀬には多くの結核療養所がありました。

吹き起こる秋風鶴をあゆましむ 石田波郷

【駅ぶら04】西武池袋線039 に続きます。

(写真・文章/住田至朗)


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