鹿児島中央駅には「指宿のたまて箱」の姿も

2020年10月9日(木)、JR九州の新たな観光列車「36ぷらす3」の報道試乗会が行われました。タイムスケジュールは実際の行程と同じものですから、9月16日(金)の運行開始に備えたリハーサルとも言えます。本稿では「36ぷらす3」金曜「黒の路」コース、鹿児島中央駅から長崎駅へと向かう様子を綴ります。

鹿児島中央駅に入線した「36ぷらす3」 漆黒のボディが鏡のようだ

12時2分、鹿児島中央駅に「36ぷらす3」が入線しました。漆黒のボディにはホームの乗客の姿が映りこみ、全身が鏡のように磨かれていることがうかがえます。ホームではデビュー前の珍しい電車の姿を収めようとスマートフォンを構える方も多く、注目度の高さも知れようというもの。

早速乗り込んでいきましょう

しかし「36ぷらす3」で注目していただきたいのは、外観よりもむしろその内装です。17年ぶりとなる「ビュッフェ」の復活もさることながら、1号車~6号車まで余すところなく、デザイナーである水戸岡鋭治さんの美意識が張り巡らされています。

4号車「マルチカー」の内装 椅子は動かないよう固定されている

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「ななつ星」や「或る列車」などで定評のある大川組子を今回も採用し、座席やカーテンの柄は植物を中心としたものに。外観や貫通路のメタリックなイメージとは対照的に、座席は自然を感じられる和の空間となっており、列車の「外」と「中」がはっきりと分断されています。

本物の樹を加工した格子 D&S列車としては初めての「畳敷き」 座席は800系新幹線がベース

今回は6号車のグリーン席に乗車。元は4列だった座席は3列になり、足元も幅もくつろげる広さになっています。足元は1号車と6号車のみ畳敷きとなっており、乗車する際に靴を脱ぎ、座席と対応した靴箱に収めてから靴下で入り込みます。畳は大変柔らかいのでかばんを直置きするとへこむ恐れもあり、重い荷物は入り口の収納スペースに置くのが良いでしょう。

6号車に乗り込む前に靴を脱ぐ、靴箱は全て座席と対応している
出発後間もなく客室乗務員による案内が始まる

12時16分ごろ、「36ぷらす3」は鹿児島中央駅を出発し、次の目的地である大隅大川原駅へ向かいます。出発して間もなく客室乗務員によるご挨拶があり、右手側に桜島が見えてきました。この日は台風が接近する恐れもあり、試乗会の開催すら危ぶまれるような状況ではありましたが、ふたを開ければ見事な晴天。桜島の雄姿が楽しめました。

「36ぷらす3」の窓から見る桜島 毎日のように噴火するも、やはり眺める分には美しい

12時35分ごろからランチタイムが始まりました。1~3号車の個室には「フランス厨房 旬彩(しゅんさい)」の「お重」が、5~6号車には「茶寮 山映(さんえい)」のお弁当が提供されました。

お弁当はアテンダントが提供する 包みは持ち帰って良いそうだ

鹿児島はだし文化の地、枕崎の鰹節や黒豚のだしなども知られています。この「鯛そぼろと薩摩のおばんざい弁当」も、だしが主体の上品な味付けを山椒が引き立てます。一見少なそうですが、これが意外と量が多く、大隅大川原に着くまでに食べきるのが大変でした。

肉類は控えめ、薄味ながら上品で、全ての品が印象に残った

気合十分、地元曽於市のお出迎え

大隅大川原へ到着した「36ぷらす3」

13時20分ごろに大隅大川原へ到着。「36ぷらす3」はここで50分ほど停車します。跨線橋もあるのでホーム上からだけではなく、様々な角度から「36ぷらす3」の漆黒ボディを撮影できる撮り鉄向けのスポットになっています。一方で、跨線橋から駅舎の方へ眼を向けると……そこにはおもてなしにやってきた地元の方々の姿がありました。

駅のホームには新たな観光列車を撮影に来る地元の方々も
対向車線の787系は「36ぷらす3」を見て何を思うのか
2010年に落成した新駅舎

駅前では曽於市観光協会の方々がゼリーやドレッシング、柚子こしょう、柚子ようかんなど柚子を使った特産品を販売していました。鹿児島県曽於市は柚子の出荷量が九州一ということで、あちこちに柚子畑があるんですね。同様にJAの方も柚子を使った美味しいジュースを販売しており、こちらは曽於市だけでなく長野県のJAでも取り扱いがあるとのこと。

曽於市の特産品は柚子
JAそお鹿児島のマスコット「そお太くん」も駆けつけてくれた 現地には曽於市の公認キャラクター「そお星人」のぬいぐるみも

観光協会の方によれば、毎週というわけにはいきませんが、月に1度はこの「36ぷらす3」の停車にあわせて様々なイベントを開催していきたいとのことでした。コロナ禍によりPRする場が失われている状況で、「36ぷらす3」は50分も停車し、各地の旅行者を運んできてくれる。そうして訪れてくれる方々に曽於市のいいところを見ていただきたい、知っていただきたい、また観光が盛り上がってほしいという思いがあるようです。

太鼓の演奏なども検討しているとのことで、大隅大川原では長い停車時間を活かしたイベントが今後行われるのかも

もちろん出店しているのは地元の観光協会やJAだけではありません。たとえば旧財部北中学校の職員室を改装し、4年前から営業を始めた「たか森カフェ」は、今回の「36ぷらす3」の運行に合わせキッチンカー”モーリー”を新調しました。

キッチンカーは「36ぷらす3」の運行にあわせて新調したという気合の入れよう

「ジビエバーガー」は、直前にお昼を食べていなければ買っていたのに……とちょっと惜しい気持ちに(実際に乗って購入された方はぜひ感想をお聞かせください)。「たからべ森の学校 星の宿」代表の小野公裕さんは、大隅大川原は駅を降りてすぐ「原風景を感じられる土地」であり、その良さを知っていただきたいと語ります。

出発前にはハンドベルでお知らせ ちりん、ちりんと音が鳴ったら戻ろう

おもてなしの時間が終わるころには「36ぷらす3」のアテンダントさんがハンドベルを鳴らして出発を知らせます。このハンドベルというのが演出としてニクい。鈴の音が聞こえたら、名残惜しいところではありますがここでお別れ。列車に乗り込み次の駅へと向かいます。

車内では黒酢の試飲体験なども

4号車ではアテンダントお手製の動画を上映し、原料と製法の解説なども行う

続く「36ぷらす3」4号車「マルチカー」では金曜コース”黒の路”にあわせてちょっとした車内イベントが行われました。通常営業時は無料、車内での事前予約制となり、黒酢の紹介や飲み比べなどが楽しめるようになっています。

紙コップで提供 酸味から何度なく熟成させた年数が分かります

14時58分ごろ、青井岳駅へ到着して10分ほど停車。本来であればホームでの休憩時間となり、駅スタンプなどで気分転換をするための時間となる予定でしたが、残念ながらこの日は急な雨に見舞われて参考程度に展示する形となりました。

雨天の青井岳に停車する「36ぷらす3」
スタンプは色が濃いのであまり押し付けなくとも良い

その後はまた車内へ戻り、4号車マルチカーで「黒の路」に関する5つのエピソードが紹介され、15時57分に宮崎駅へ到着。試乗会は終了となりました。

薩摩切子など「美しい黒」も紹介 江戸切子と比べても手間がかかり、価格は安いものでも数万円からという
宮崎駅へ到着した「36ぷらす3」
JR宮崎駅 駅近辺は南国らしい景色が随所に見られ、曇り空でなければと悔やまれる

冒頭に挙げた通り、「黒の路」は鹿児島中央駅から長崎駅へと向かうルート。この地にまつわる「黒」のエピソードを絡め、地元の方々との交流や現地の食事・美観など様々な体験を提供するものです。

実際に乗車した感想としては「黒の路」は桜島の景観や沿線の美しさもさることながら、「だし」や「柚子」「黒酢」など繊細な食文化を扱ったものも多く、鹿児島の「美」と「食」を体験したい方へおすすめのコースだと感じました。鉄的には何度もまみえる787系や「海幸山幸」などの他のD&S列車との「交流」も見逃せないポイントです。

車窓から見るD&S列車「海幸山幸」

文/写真:一橋正浩