祝「ウォーターズ竹芝」街びらき 竹芝は日本最初の鉄道駅・汐留に隣接する歴史ある地

2020.10.31

ウォーターズ竹芝のシンボル的存在で、オフィスやホテルが入る地上26階、地下2階建てのタワー棟。

JR東日本の新しいエリア開発「ウォーターズ竹芝」(東京都港区)が10月24日、街びらきを迎えました。対象はJR山手線(東海道線)浜松町駅の東400mほどの約2万3000平米のJR用地で、線路に接しない、いわゆる飛び地です。歴史をたどれば竹芝は1872年、日本で初めて汽笛一声が鳴り響いた旧新橋駅に隣接する、鉄道にゆかりある地といえます。開業初日の模様はYouTube中継されたようなので、本稿はサイドストーリーとして、旧新橋停車場から国鉄汐留駅を経てウォーターズ竹芝に至るヒストリーとともに、現在も残る往時の鉄道の名残をたどってみましょう。

新橋駅が汐留駅に 烏森駅が新橋駅に

日本で初めての鉄道は新橋―横浜間を結びましたが、両駅とも現在の同名駅とは微妙に位置が異なってました。新橋駅はJR新橋駅の西側で、今の汐留シオサイト一帯でした。横浜駅は現在の横浜駅の先、根岸線桜木町駅近隣です。新橋駅は開業翌年の1873年に貨物取り扱いを開始。明治年間には、東海道線を西に向かう旅客列車と貨物列車が新橋駅から出発しました。東京駅の開業は大正年間の1914年で、初代新橋駅より40年も後です。

東京駅が開業すると旅客のターミナル機能は東京駅に移り、新橋駅は貨物・荷物専用になりました。それに合わせて旅客線と貨物線を分離。旅客は旧烏森駅を改称した現在の新橋駅に移り、旧新橋駅は汐留駅に名を変えました。ちなみに烏森駅は消滅しましたが、今も新橋駅には烏森口があります。汐留駅も新交通システム・ゆりかもめの駅としてしっかり生き残っています。

汐留駅を発着する列車で有名なのが「たから号」。1959年に運転を始めたコンテナ専用貨物特急で、汐留―梅田間を11時間ほどで結びました。梅田駅はJR大阪駅北側で汐留同様、現在は再開発されています。今の貨物列車は機関車の後ろに貨車が連なるだけですが、たから号の最後尾には車掌車が連結されていました。

国鉄改革で国鉄清算事業団に承継

長く東京の物流拠点として機能した汐留駅ですが、国鉄末期には役目を終えJR発足前年の1986年に廃止されます。国鉄の貨物輸送体系が、貨車1両貸し切りの車扱いから拠点間直行のコンテナ列車に変わったのが主な理由ですが、この辺りの話は機会があれば稿を改めて紹介したいと思います。

さらに、国鉄改革と汐留駅廃止の関係も簡単に。JRが発足した1987年に25兆円もあった国鉄の借金は主に国鉄用地を売って返済する計画が立てられ、汐留駅も国鉄清算事業団(読んで字のごとく国鉄債務を清算する専門機関です)の所有となり、民間売却されて2002年に汐留シオサイトが誕生しました。シオサイトにはANAホールディングス、富士通、日本通運といった日本を代表する企業の本社があります。

今回、ウォーターズ竹芝が開業したのは汐留駅南側で、国鉄改革では清算事業団でなくJR東日本に承継されました。2016年に「竹芝ウォーターフロント開発計画」(ウォーターズ竹芝の旧称)が始動するまでは、JR東日本アートセンター四季劇場[春][秋]、シーサイドホテル芝弥生、JR東日本の社宅などに利用されていました。シーサイドホテル芝弥生は旧芝弥生会館で、鉄道関係の会合が数多く開かれてきました。

旧新橋停車場から鉄道踏切信号機へ

汐留シオサイトに建つ「旧新橋停車場」。近隣の高層ビルに比べサイズは小ぶりでも重厚感は際立ちます。

ここからは現在も残る旧新橋駅や汐留駅の足跡をたどりましょう。ウォーターズ竹芝の街びらきの日、最初に訪れたのは汐留シオサイト北端、銀座との境界線に建つ「旧新橋停車場」です。鉄道開業のころの旧新橋駅駅舎を2003年に復元しました。延床面積1351平米の2階建てです。

JR東日本の外郭団体・東日本鉄道文化財団が運営し、停車場裏側にはホームと線路、日本の鉄道の原点を示す「0哩(マイル)標識(ポスト)」があります。館内は展示施設、レストランが併設され、ホームで結婚式が開かれたこともあります。

停車場裏側には10mほどの線路が。付け根部分に「0哩ポスト」があります。

旧新橋停車場の表通りの案内板に、「汐留」の地名の由来があります。いわく「汐留を流れる川は土橋で堀止まりとなり、汐の干満が堀で止まることから汐留と呼ばれるようになった」。確かに汐留と竹芝の間は、東京港につながる堀のような運河のような行き止まりの川が隔てています。現在の住所は東新橋ですが、由来を聞くと汐留の方に情緒を感じてしまいます。

銀座の踏切警報信号

東京市場駅の名残とどめる踏切警報機。根元には「銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機」の説明板が。

新橋から竹芝へは浜離宮沿いの歩道で向かいましたが、もう1カ所、鉄道由来のスポットを。海岸通りの旧新橋停車場反対側にあるのが踏切信号(警報機)です。なぜ突然、道路に踏切が。実は汐留駅廃止まで駅東側の築地市場内に貨物の引込み線が伸び、「東京市場駅」がありました。線路跡は道路になりましたが、レールがあった証として地元有志の手で警報機が永久保存されたのです。

踏切警報機からウォーターズ竹芝までは徒歩15分ほどの道のり。到着したウォーターズ竹芝では、ちょうどYouTube生中継が始まったところでした。JRはたくさん人に来てほしいし、三密は避けたいし、知恵を絞って考えたのが実況放送なのでしょう。PRの片棒を担ぐわけではありませんが、ウォーターズ周辺には汐留シオサイト、浜離宮、竹芝桟橋と見どころいっぱい。竹芝には劇場、ショップ、ホテルもあります。「是非一度訪れてみましょう」ということで本稿を終えますが、最後にもう一題。

貨物の引込線跡をゆりかもめが行く

竹芝桟橋入口からウォーターズ竹芝に至る道路は大きくカーブ。かつての線路跡で上空をゆりかもめが走ります。

ガイドブックに出ていない、鉄道の名残を紹介します。竹芝桟橋入口の信号北側は、道路が大きくカーブしています。上空をゆりかもめが走るこの道は、汐留駅廃止まで竹芝桟橋と駅を結ぶ引込線が通っていました。

当時、私の勤務していた出版社の発送部門が竹芝にあり、刷り上った雑誌などを手にこの地を訪れたことがあります。しかし、40年ほど前も列車が走る光景は1回も見ませんでした。線路は大きなカーブを描くのが特徴で、上空にゆりかもめの軌道を敷くのに最適だったのでしょう。

文/写真:上里夏生


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