Apple Pay対応PASMOのスマホによる利用イメージ。画面にPASNOの券面と乗車区間、カード残額が表示されます。 写真:PASMO協議会のニュースリリース

鉄道業界を見渡せば、相変わらず交通系ICカードのモバイル展開をめぐる話題が花盛りです。2020年10月には、首都圏私鉄系のPASMOのApple Pay対応が満を持してスタート。JR西日本は10月16日の長谷川一明社長の会見で、「モバイルICOCA(仮称)」の2023年春のサービス開始予定を発表しました。

交通系ICカードで先頭を行くJR東日本のSuicaを含め、各社が目指すのは「交通系ICカードは電車に乗れる便利なカード」という固定概念から一歩踏み出し、市中展開でカードを社会の情報基盤化する戦略です。政府が掲げる「キャッシュレス社会」の動向も合わせ、鉄道ICカードの針路を観測してみましょう。

キャッシュレス化の恩恵大きい鉄道業界

そこまで意識するかどうかは不明ですが、鉄道各社のICカード戦略と政府のキャッシュレス化施策が同じ地点を目指すのは確実です。何かを買ったら、お金を払わなければなりません。払う手段は通常は現金。これを現金でなく、データ上で支払ったことにするのがキャッシュレス化です。というと何やら難しげですが、一番分かりやすいのはクレジットカード。最近はコンビニでもカードを使う人が増えています。カード利用額は後でまとめて銀行口座から引き落とされます。

それでは、キャッシュレス化にはどんな利点があるのでしょうか。経済産業省のパンフレットは事業者側(売り手)、消費者側(買い手)それぞれのメリットを示します。売る側はレジ締めや現金扱い時間短縮、手間・トラブルの減少など。買う側はカード1枚、手ぶらで買い物できる。お金の出し入れをインターネット管理できる「ネット家計簿」なんていうのもあります。日本は田舎の町にもATMがあって現金が引き出せます。しかし、ATMに現金を入れに行くのは大変。そういう点を効率化したいというのが、政府や産業界の本音といえます。

よくよく考えれば、鉄道も長距離利用や定期券を除けば200円、300円というラーメン一杯以下の価格で商売しているわけで、それだけキャッシュレス化のメリットは大きい。少々前のデータですが、2016年調査で日本のキャッシュレス決済の割合は19.9%で、96.4%の韓国や68.6%のイギリスに大きく遅れを取ります。政府はキャッシュレス決済比率を2025年までに4割程度、将来は世界最高水準の80%に高める目標を掲げます。

コンピューター端末に匹敵するSuica

JR東日本グループの「Suicaビジネスプラットフォーム化」イメージ 画像:JR東日本の「変革2027」資料から

鉄道業界のキャッシュレス化に話を移せば、JR東日本では現在のSuicaの前にオレンジカードとイオカードがありました。オレンジカードはきっぷを買うだけ、イオカードは改札を通れてきっぷを買う手間が省けました。それに代わるSuicaは非接触式。JR東日本は当初から「コンピューター端末に匹敵する機能を持つ」と言っていましたが、そうした潜在能力をフル活用して取り組むのがSuicaによるキャッシュレス社会実現です。

具体的には拙文よりも、JR東日本が2018年7月に発表したグループ経営ビジョン「変革2027」のSuicaのイメージ図をご覧いただくのが早道です。模擬化した時計の内側に置いた「シームレスな移動」を「タッチでGo!新幹線」や各地区で実証実験が進むMaaSなどで実践する一方、外側の円の「多様なサービスのワンストップ化」には前章の政府施策に呼応する「ネットで注文し、決済(家計簿に自動反映)」を掲げます。

ただこうした事業者の考え方を知ってか知らずか、世上では「Suicaは電車に乗れる便利なカード」の認識が強く、Suicaで買い物したり食事したりの光景は日常化していません。キャッシュレス決済の市場調査では、Suicaの利用率シェアは大体5~6位が定位置。汎用性の高いクレジットカードや流通系のWAON、nanacoに遅れを取ります。そこで考えたのは、急速に普及するスマホ決済にSuicaを乗せ(連動させ)シェアを拡大する作戦です。

SuicaのApple Pay対応は4年前の2016年10月にスタートしましたが、これに伴って会員数が大幅に増加したという成果も報告されており、後続のPASMOやICOCAの背中を押したのは間違いないところでしょう。

2年半後には「モバイルICOCA(仮称)」誕生

JR西日本の「モバイルICOCA(仮称)」イメージ 画像:JR西日本の社長会見資料から

「モバイルICOCA(仮称)」の2023年春サービス開始のニュースは、JR西日本のグループデジタル戦略の目玉として発表されました。「アフターコロナの未来に、デジタル技術でJRグループ相互と外部をつなぎ新しい価値を生み出す」のが同社の基本方針です。

長谷川社長は、「現在のICOCAカードは定期券購入やチャージなどを行うために駅窓口や券売機を利用する必要があるが、モバイル化でいつでも、どこでも、非接触、非対面のサービス提供が可能となる。ICOCAカードからの置き換えに留まらず、スマホならではの新たなサービスの展開も図りたい」と述べ、新サービス創出の意気込みを示しました。今後の情報発信に注目しましょう。

PASMOのApple Pay対応、いよいよスタート

最後に10月6日からスタートした、PASMOのApple Pay対応の概要をご紹介。AppleのiPhoneやApple WatchがPASMOに変身します。対応端末は、スマホがiOS14インストールのiPhone8以降、腕時計がwatchOS7インストールのApple Watch Series3以降。鉄道・バスへの乗車や電子マネーのほか、クレジットカードの設定により、チャージや定期券購入が可能になります。

PASMO定期券を販売できる事業者は、2020年3月にサービス開始したAndroidのモバイルPASMOと同じで、鉄道19社局、バス16社局。鉄道は小田急、京王、京成、東京メトロといった大手に加え、つくばエクスプレス(TX)、ゆりかもめなど、バスは東京都交通局(都バス)、京成バス、立川バスをはじめ多くの事業者で使えます。PASMO協議会は今回のサービス開始に当たり、「iPhoneやApple Watchを活用して安全に、手軽に、便利にPASMOサービスをご利用いただきたい。コロナ禍で生活環境は大きく変わるが、スマートさに安心感を加えたApple Payで公共交通の存在感を高めたい」(五十嵐秀PASMO協議会会長<小田急電鉄常務>)とコメントしました。

文:上里夏生