緊急事態宣言終了から5カ月余を経過して、ラッシュ時の利用客はコロナ前の7~8割まで戻っています。

【前回】鉄道の時間帯別運賃は是か非か 運輸総合研究所の調査研究を素材に考えてみました【前篇】
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時間差運賃制は多様な働き方を後押し 企業が容認できる値上げ額は1人1カ月3000円!?

鉄道の時間差料金制を考えるコラムの続きです。運輸総合研究所の研究報告を読み解きながら、時間帯別運賃の是非を考察してみました。通勤定期代を支給する企業を対象にしたアンケート調査では、朝ラッシュピーク時の運賃上乗せに理解3割、反対5割。実際に値上げされた場合の対応策は、「(フレックスタイム制の導入などで)社員の多様な働き方を進める(認める)」でした。

値上げ額によっては給料に響くことも

複数の事業者が検討している時間帯別運賃や終電繰り上げは、鉄道会社にとって〝諸刃の剣〟といえます。実際に増収や経費節減になればいいのですが、反対に乗客離れを招けばマイナスに作用しかねません。

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運輸総研は2019年11月から今年2月にかけ、「時間差料金制についての企業の反応」をテーマにアンケート調査を実施しました。質問を送ったのは東京都内に本社を置く4526社、回答があったのは215社。実施時期がコロナ禍以前、現在のように現実味を帯びていない点を考慮する必要はあるものの、約5%の回答率は社会的関心の低さをうかがわせます。

それはさておき、「ラッシュのピーク時を高く、オフピーク時を安く」という時間帯別運賃への賛否は「賛成(どちらかといえば賛成を含む)」28%、「反対(どちらかといえば反対を含む)」49%で、反対が賛成の2倍弱でした。賛成の理由は「生産性が向上する」「(ラッシュの混雑が減って)社員満足度が向上する」、反対は「(ピーク時の値上げは)企業でなく鉄道事業者や国、自治体が負担すべき」「企業の負担が増える」で、反対理由の方がより具体的。コロナで企業業績が悪化している現在なら、「反対」の割合はもっと高くなるかもしれません。

時間差料金制が導入された場合の対応では、「フレックス、テレワークなど社員の多様な働き方を推進する」「始業時刻をピーク時以外に設定する」「通勤代負担に上限を設け、それ以上は自己負担とする」が上位。負担増加額にもよりますが、何らかの防衛策は取るようです。

企業が負担する定期代の平均は1人1カ月1万6900円

ここで一休みして、企業はどのくらい通勤定期代を負担しているのでしょう。運輸総研の調査では1人1カ月平均1万6900円、最高額の平均5万9000円。東京からの東海道線では熱海までの定期代が1カ月5万3110円(在来線)ですから、大体100km圏までは全額支払ってもらえそうです。

前章で時間帯別運賃に賛成28%、反対49%の数字を紹介しましたが、これにはちょっと裏があります。調査はピーク時間帯を朝8時から9時の1時間と仮定した質問で、これを7時30分から9時30分に前後30分ずつ拡大すると、賛成は11%に減少。反対は69%に増加します。企業としてはピーク時間帯が1時間なら時差通勤でカバーできるけれど、2時間になると対応できないという本音がうかがえます。

企業は、いくらまでの負担増を容認するのか。8~9時の1時間をピーク時間帯とした場合、現在の定期代に上乗せ3000円だと「(値上げ額を)企業が負担する」割合がちょうど50%となります。鉄道会社が時間差料金制を採用するなら、1人1カ月平均3000円が一定の限度といえそうです。

運輸総研は、コロナ禍を踏まえた通勤スタイルの変化に言及。「テレワークなどで人々の働き方が大きく変わり、通勤定期のあり方が問われている」とした上で、鉄道事業者に ①時間差料金制を視野に入れたICカードシステム改修 ②事業者間で連携・一元化した混雑情報の提供 ③ラッシュ時だけ差額を上乗せするなど新しい定期券の検討――の3点を促しています。

利用客離れにならない時間帯別運賃を

混雑度で首都圏ワースト3位となったJR総武緩行線錦糸町―両国間=両国駅で撮影。線路北側に江戸東京博物館が見えます。

最終章で時間帯別運賃を考察したいと思いますが、国土交通省から3大都市圏の2019年度都市鉄道の平均混雑率が発表されていますので、簡単に触れましょう。

コロナ以前ですが、昨年度のJRと大手私鉄・地下鉄の混雑率は東京圏163%、大阪圏126%、名古屋圏132%で、いずれも前年度と同率でした。昨年開業した主な鉄道新線は首都圏で相鉄JR直通線、大阪圏でおおさか東線の全通程度でこれといった輸送力増強はなかったので、当然の結果といえそうです。

東京圏で混雑がひどいのは東京メトロ東西線木場―門前仲町間199%、JR横須賀線武蔵小杉―西大井間195%、総武緩行線錦糸町―両国間194%。ワーストスリーの顔触れは前年と変わりませんが、JR横須賀線は2ポイント、JR総武緩行線は1ポイント混雑が緩和されました。横須賀線は相鉄JR直通線と同一区間なので、相鉄電車のJR乗り入れの効果が表れたのかもしれません。

国交省は東京圏と大阪圏について、コロナ前後で朝ラッシュピーク時のターミナル駅利用客数がどう変化したかを時系列的に調べました。コロナ前の2020年2月を100とした指数で、9月中旬の利用客は東京圏71、大阪圏81。10人のうち2~3人は時差通勤に切り替えたのか、はたまた自宅などでリモートワークしているのか。

長年、鉄道記者だった私は事業者寄りの記事を多く書いてきました。コロナによる苦境を考えれば時間帯別運賃もやむを得ないと考えますが、少々疑問に感じる点もあります。国交省の調査によると、現在もピーク時間帯に通勤通学する人が東京圏で7割、大阪圏で8割となります。この中には医療・介護従事者、飲食店従業員・ホテルマン(接客業)、製造業のエンジニア、警察・消防署員などリモートワークできない業種の方が一定数含まれていると思われます。

終電繰り上げも同様で、全員が飲んでいるわけではない。私の知る印刷業の方は、夕方(夜間)に原稿が入ってデザインに取り掛かるため帰宅は毎日ほぼ終電になってしまうそうです。コロナ禍でリモートワークが普及する中でもピーク時の利用者は、鉄道会社にとっては重要な顧客といえるでしょう。企業の製品値上げ時、一番影響の少ない部分を上げるのは当然です。しかし今回のような場合、十分な理解を得ないと社会全体を敵に回す結果にもなりかねません。過去には減収をカバーしようと値上げしたら、売れ行きが落ちて減収になった事例もあります。値上げが利用客離れにつながるようなことがないよう、熟考の上にも熟考が必要といえるでしょう。

感染拡大予防策として駅のコンコースにも消毒用アルコールが置かれるようになりました。

文/写真:上里夏生