テレワークやリモートワークに全社規模で取り組む企業が増えています。写真は昨年のテレワークデイズに合わせたデモンストレーションの模様。

新型コロナウィルス感染症による利用減を受けて、一部鉄道事業者が時間帯別運賃を検討していることが報じられ、社会的関心を呼んでいます。JR東日本の深澤祐二社長とJR西日本の長谷川一明社長は今年7月の会見で、そろって時間帯別運賃の可能性に言及。これを受けてインターネット上では、「乗客分散効果、満員電車解決策の一つになる」「安い時間帯がピークタイムになるだけ」などの意見が飛び交っています。

新運賃を考える材料を探していたところ、運輸総合研究所が今夏オンライン開催した研究報告会で、時間差料金制度等に対する企業意識調査の発表があったことが分りました。ここでは発表内容をベースに、働き方改革と鉄道運賃の関係などを前後編2回に分けて考察します。

過度のラッシュは鉄道事業者にも利用客にもいいことなし

考えようによれば、鉄道は不思議な商売です。一般企業や商店は「もっともっと買って下さい」とPRします。ところが鉄道は、混雑時間帯の乗車をやめる時差通勤を促します。ラッシュ時をみれば「利用しないで」と訴えているわけで、一般商店なら「もうこれ以上買わないで」と宣伝しているようなもの。

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これには理由があります。以前、首都高速道路で「商用車の自宅への持ち帰りをやめよう」の横断幕を見たことがあります。営業車で自宅に直帰すると翌朝、クルマで出社しなければならず渋滞の原因になります。鉄道会社のお願いも首都高と同じで、「これ以上、混雑をひどくしないで」ということなのです。

もちろん鉄道事業者は、ラッシュ時に利用してくれる通勤通学客を大切なお客さまと考えています。通勤通学客が鉄道会社の屋台骨を支えることは各社十分過ぎるほど理解しています。しかし、過度の混雑は車両増備や係員増員など経営面の負担も大きい。ラッシュ時の車両基地は空でも、日中時間帯は一定数の車両が手持ちぶさたに待機しています。

日中時間帯の車両基地では多くの車両が待機しています。写真は高輪ゲートウェイ駅に隣接したJR東日本の車両基地。

鉄道事業者が目指すのは、ピークを均す平準化。ラッシュ時の運賃を高額設定することで〝柔らかな実力行使〟とも位置付けられる時間帯別運賃は、コロナによる減収をカバーする増収目的より前に、ラッシュを均等化する手段として考えられた点は最初に認識しておく必要があるでしょう。

東京圏の朝ラッシュは平均混雑率163%、東京メトロやJRには200%に迫る線区も

ここから運輸総研の発表に基づく、時間帯別運賃の考察に移ります。運輸総研は国土交通省が所管するシンクタンクで、同省の政策決定につながる調査研究を手掛けます。今回の発表は山田敏之研究員ら3人の共同研究で、タイトルは「多様な働き方の時代における都市鉄道の混雑対策―時間差料金制等に対する企業の意識を踏まえて―」。鉄道の混雑対策を広範に紹介し、鉄道事業者や一般企業へのアンケート調査も実施しました。

最初に鉄道の混雑率はどの程度なのでしょうか。国交省の2018年資料では、東京圏の朝ラッシュ時の平均混雑率は163%で、国が目標とする150%を10ポイント以上上回ります。混雑がひどいのは東京メトロ東西線木場―門前仲町間199%、JR横須賀線武蔵小杉―西大井間197%、総武緩行線錦糸町―両国間196%など。現在はコロナ禍で幾分か緩和されたはずですが、混雑することに変わりありません。

ラッシュの平準化には、鉄道事業者と行政がそれぞれの立場で取り組んできました。混雑緩和には列車増発による輸送力増強が最も効果的ですが、既にダイヤはびっしりで本数を増やす余地はほとんどありません。事業者のソフト対策では、時差通勤する利用客にICカードポイントを進呈する「時差Biz応援キャンペーン」などの事例があります。

行政の取り組みでは、国交省と厚生労働省が連携して「オフ通勤キャンペーン」を共同展開。現在は、東京都の「スムーズビズ」に引き継がれています。また、昨年は7月24日を「テレワーク・デイズ」と銘打ち、一般企業に出勤抑制を要請。コロナで1年延期されましたが、翌年の東京オリンピックに向け通勤(出勤)自体を抑制する狙いでした。

テレワークデイズには全国1682機関が参加、通勤者が30万人以上減ったとの成果報告もあります。500m四方のメッシュ調査では、東京・豊洲で14.5%、丸の内で10.5%通勤客が減ったとの調査報告もあります。

ダイナミックプライシング 航空業界では当たり前でも鉄道では……

JR東日本やJR西日本が検討している時間帯別運賃は、英語では「ダイナミックプライシング(時間差運賃制)」と呼ばれます。航空業界では利用しにくい朝6時台の便の運賃は安く、利便性の高い10時台は高くといった形で、時間差料金制が既に定着しています。

海外の鉄道ではイギリス・ロンドンやアメリカ・ワシントンの地下鉄にピークとオフピークの二重運賃制の事例があります。日本では、いくつかの鉄道にラッシュを外した時間帯に利用できる「時差回数券」、通勤客が少ない週末限定の「土・休日回数券」などがありますが、ピークを高額に設定した事業者はないようです。あくまでコロナ禍以前の話ですが、日本は通勤定期代を企業が負担するのが一般的で、仮にダイナミックプライシングを採用しても通勤者の行動(利用時間帯)を変えるのは難しいと考えられてきました。

「時差回数券」などの割引きっぷは自動券売機で購入できますが、きっぷの存在自体を知らない利用客も多いようです。ICカードで乗車しても割引が適用されるようにするシステム開発も必要でしょう。

運輸総研は昨秋、時間帯別運賃採用の可能性を鉄道事業者2社にヒアリングしましたが、帰ってきた答えは「ICカードを利用する料金体系変更は、全事業者が参加する協議会で了承を受ける必要があるため、実現可能なのは自社線内のポイント付与くらい」「多数の事業者と相互直通運転しているため、時間差料金制への対応は困難」「時間差料金制は可能なら採用したいが、相互直通運転や並行路線との競合の関係で自社単独では難しい」「混雑時以外の利用者にポイントを付与する、〝値下げ〟程度が現実的な選択肢」。コロナ禍以前ということもあり、事業者の見解はいささか冷やかでした。

後編では、運輸総研が実施した時間帯別運賃に対する市場調査などを基に、実現の可能性を考察したいと思います。

文/写真:上里夏生