【50代から鉄道趣味を復活させる方法】512

2021.02.23

※2014年6月撮影

トップ画像は『大人の鉄道趣味入門 人生の後半を楽しむための兵法書』(交通新聞社新書/2019)と小生の座右の書、内田百閒先生の『阿房列車』3巻(旺文社文庫)です。コロナ・ウィルス感染拡大による緊急事態宣言で鉄道に乗ることもほとんどありません。のんびり鉄道趣味再開の兵法書を読み進めます。お付き合いください。

では第二章「20世紀から21世紀へ。鉄道はこう変わった」です。

何と言っても1987年(昭和62年)の国鉄分割民営化が20世紀後半最大のエポックでした。

※2014年7月撮影

この国鉄分割民営化でJR旅客各社になって最も大きな変化したのは「長距離列車」が無くなったことです。

2021年1月には正式に「ムーンライトながら」の廃止が発表され、大垣夜行時代から52年の歴史に幕が下ろされました。「ムーンライトながら」は小生も何度か利用しましたが、ネットのオークションで指定券を高く転売するすることが流行ったためか指定券は売り切れているのに車内に空席が目立っていました。悲しいことですが、ふつ~の人が罪悪感無く「ダフ屋行為」を行う時代になってしまったのです。

※2014年7月撮影

旧国鉄時代に数多く走っていた夜行列車はもう存在しません。寝台列車も例外的な「サンライズ○○」を除いて全て廃止されてしまいました。安価な高速夜行バスが深夜の旅客を運んでいます。

その代わりに著者は在来線普通列車が画期的にスピードアップしたと指摘しています。そしてICカードが従来の切符にとって換わったこと。小生なども利用した「均一周遊券」も無くなりました。

なくなったものは他にもあります。食堂車です。

小生が東海道新幹線に乗り始めた小学生の頃は食堂車の代わりに「ビュッフェ」という軽食の車両がありました。壁に「現在の走行スピード」のメーターが設置されていて、それを見に行くのが楽しみでした。

※2012年12月撮影

1975年に東京~博多間が開通すると新幹線にも食堂車が登場しました。2000年(平成12年)のダイヤ改正で姿を消すまで、特に1985年~1990年、小生は名古屋に転勤して週に一回は東京と往復していたので度々お世話になりました。お酒の好きな広告代理店のクリエーター氏は指定席をとったのに最初から最後まで食堂車でお酒を飲んでいました。当然小生も一緒に飲んでいて、指定席は荷物置き場。(笑)

著者は全盛の電子媒体(スマートフォンなど)の検索は便利な半面、情報が画一的で”ヨコ”の検索ができないことから『時刻表』の活用と、その面白さを訴えています。もちろん、鉄道ファンにとって『時刻表』は聖典みたいなモノですよね。

※撮影時期不明 現在は津山駅前にバスのりばの上屋が並んでいて駅舎はこの様には見えません

では次回は第三章に進みます。

(写真・文/住田至朗)


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