歴史に深入りしそう・・・【駅ぶら04】新宿線58

2021.08.01

※2021年3月撮影

トップ画像は、新宿線久米川駅下りホームを通過する特急「小江戸」。結局新宿線【駅ぶら】では一度も「小江戸」に乗ることかないませんでした。池袋線はトンネル内の信号場を撮るために特急に乗りましたが。

では、小平駅からの前面展望です。拝島線の電車が先行しているので本線との分岐部分がたぶんヨク分かりますね。

※2021年3月撮影

拝島線は左にカーブして行きます。この後S字カーブで萩山駅に至り、多摩湖線と接続します。

※2021年3月撮影

新宿線は右に真っ直ぐ進みます。

※2021年3月撮影

踏切の右(東)側には小平霊園の正門があります。1km以上に渡って小平霊園の樹木が新宿線の右側に続きます。

※2021年3月撮影

小平駅から久米川駅は2.0km。そのうちのほぼ半分が小平霊園の脇を通っています。

※2021年3月撮影

久米川駅の手前に野火止通り踏切があります。跨線橋が新宿線と野火止通りを渡る歩道橋になっています。

※2021年3月撮影

野火止通り踏切の50mほど手前の地下をJR武蔵野線が南北に通っています。久米川駅との接続駅を作る計画もありましたが、東村山市の調査で予想外に経費がかかるので計画は頓挫しています。

影になって見難いですが久米川駅の相対式ホーム2面2線が見えました。

※2021年3月撮影

構内跨線橋が見えます。

※2021年3月撮影

下り1番ホームに到着します。久米川駅の先で新宿線の上を新青梅街道が越えています。

※2021年3月撮影

ここからは【駅ぶら】カット。久米川駅下りホームから本川越駅方面を見ています。

※2021年3月撮影

同じ場所から西武新宿駅方面。

※2021年3月撮影

下りホームの駅名標。

※2021年3月撮影

西武新宿駅と都立家政駅を除く高田馬場駅から東村山駅までが1927年(昭和2年)4月16日に村山線として開業しています。現在の新宿線です。東村山駅から先は、1894年(明治27年)に川越鉄道が国分寺駅~川越駅(現・本川越駅)に開業していましたが、1927年の村山線開業で国分寺駅~東村山駅間が分離されました。

久米川駅開業時、駅の周囲は雑木林と畑しか無かったそうですが、このエリアの歴史は古く、平安時代末頃には狭山丘陵に武蔵七党の村山党が進出。東村山という地名の元になっています。

江戸時代に東村山一帯は、幕府直轄領となり武蔵野台地の開拓が進められました。明治維新後、1889年(明治22年)の町村制施行で久米川村は近隣の村々と合併して東村山村になり、1942年(昭和17年)東村山町になります。1964年(昭和39年)東村山市になりました。東村山の人口も1930年(昭和5年)の約9千人から、2010年(平成22年)には、15万3千人を越えています。

旧・久米川村は、現在の栄町1~2丁目に当たります。駅所在地は栄町2丁目。

久米川駅は、1966年(昭和41年)相対式ホーム2面2線に変更。1981年(昭和56年)新駅舎使用開始。2010年(平成22年)には北口新駅舎も完成しています。

歴史紹介が長くなってしまいました。次回は久米川駅を【駅ぶら】します。

(写真・文章/住田至朗)

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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