余談が長い(笑)【木造駅舎コレクション】012

2021.11.20

※2021年4月撮影

トップ画像は、JR九州日豊本線今津駅。この角度も出入口と奥の突き出しの切妻が良い感じで並びます。

ホーム側出入口。本来ならば改札口の場所です。ICカード簡易改札機と駅名標。日豊本線は、中津駅、東中津駅、この今津駅、そして天津駅と「津」の付く駅が4つ連続します。「津」には船着き場などの意味があります。周防灘に沿うこのエリアらしいのかもしれません。

※2021年4月撮影

ホームから駅舎を斜めに観ます。駅舎から伸びる軒を支える木の柱が良いです。

※2021年4月撮影

ホーム上屋は、新しくて金属製の柱。強度がありそうです。

※2021年4月撮影

駅舎東側の構内跨線橋で上りホームに行きます。駅舎からホームに伸びる軒と独立した上屋がよく分かります。駅前の広さとユニークなトイレが目立ちます。

※2021年4月撮影

同じく跨線橋から角度を変えて木造駅舎を眺めています。現役で使われているホーム部分は嵩上げされていてイエローラインがあります。その先に長くホームがのびています。

※2021年4月撮影

奥は小倉方面。

こちらは鹿児島方面。こちら側のホームは昔懐かしい白線、現在は使われていないのですが、いったい何両編成が停まれるの?という程に長いです。

※2021年4月撮影

跨線橋階段の途中から、もう1枚。

※2021年4月撮影

上りホーム、跨線橋を降りた場所から駅舎。

※2021年4月撮影

懐かしい縦型ほうろう製の駅名標と駅舎ホーム側正面。

※2021年4月撮影

小倉駅側に進んで上りホームのフェンスが無くなった辺りから木造駅舎。こちら側からは駅舎からの軒が切妻屋根でのびているのが分かります。

※2021年4月撮影

忘れてはいけません。駅名標です。

※2021年4月撮影

今津駅は、1897年(明治30年)初代豊州鉄道が作った駅です。その後1907年(明治40年)に国有化され帝国鉄道庁の所管になります。1937年(昭和12年)現在の駅舎に改築。日豊本線の複線化などを経て1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR九州に継承されました。

以下、余談。

今津駅といえば、筆者の母親の実家、阪神電車甲子園駅の二つ神戸側に阪急電鉄と接続する今津駅があります。筆者が子供の頃は、阪神電車と阪急電鉄の間には連絡線がありました。当時は鉄道と同様にライバル関係にあったプロ野球球団阪神タイガースと阪急ブレーブス(現・オリックス・バッファローズ)が日本シリーズで対決し、勝った方のチーム・電車が相手の線路に今津連絡線から乗り入れて凱旋パレードをするという小説があったくらいです。(かんべむさし著『決戦・日本シリーズ』ハヤカワ文庫)

では次の木造駅舎に進みます。

(写真・文/住田至朗)

※木造駅舎などJR九州さんの許可をいただいて撮影しています。

※駅などについては『JR全線全駅』(弘済出版社/1997)、『週刊朝日百科 JR全駅・全車両基地01-60』(朝日新聞出版/2012-2013)他を参照しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。


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