【木造駅舎カタログ】山陽本線026/35 福川駅

2021.09.04

※2020年8月撮影

トップ画像は、山陽本線福川(ふくがわ)駅。横長の木造駅舎です。駅前広場の植栽で駅名標が見えません。

カメラを少し左に移動して駅名が読める位置から。

※2020年8月撮影

駅名の福川は、明治22年(1889年)の町村制施行で近世からあった福川村が単独で自治体になったことから始まりました。1912年(明治45年)福川町になります。1944年(昭和19年)徳山市や近隣の町村と合併し徳山市が発足し福川町は消滅。しかし1949年(昭和24年)徳山市の旧村域が分立して福川町が再び発足します。1953年(昭和28年)富田町と合併、南陽町が発足し福川町は再び消滅しました。こうして無くなった地名が駅名で保存されています。

1970年(昭和45年)市制施行で南陽町は新南陽市になります。当時山形県に南陽市があったことで「新」が冠されました。

駅前広場の植栽の中に大きな石碑があります。「新南陽市民憲章」でした。

※2020年8月撮影

2003年(平成15年)新南陽市は徳山市などと合併、周南市が発足。新南陽市は消滅しました。駅前の「新南陽市民憲章」は50年間ここにある様です。

駅出入口。建物財産標などは見当たりません。駅舎がいつ建てられたものかは分かりません。

※2020年8月撮影

福川駅は、1898年(明治31年)山陽鉄道の駅として開業。1906年(明治39年)山陽鉄道国有化、1909年(明治42年)線路名称制定で山陽本線の所属になります。1998年(平成10年)まで駅南側の保土ケ谷化学工業南陽工場まで専用線が敷かれ貨物輸送が実施されていました。1994年(平成6年)業務委託駅化。2005年(平成17年)無人駅になっています。

石碑がおそらく50年以上置かれているのですから、植栽も古いのでしょう。

※2020年8月撮影

駅出入口とは別に、少し大きい庇が付けられた出入口がもう1箇所あります。駐輪場となっているので現在は使われていません。かつては小荷物やちっきなどの集配窓口があったのでしょうか。

※2020年8月撮影

東側は駅舎の端部が見えました。切妻屋根の部分は古そうですが手前は増築なのか、駅舎全体がどこかしら茫洋としていてチグハグな印象です。

※個人的な感想です

※2020年8月撮影

駅前は県道347号線。まっすぐ行けば国道2号線です。駅の反対側は海でしたが埋め立てられ工場地帯になっています。曇天ですが蒸し暑い不快指数の高い朝です。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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