【木造駅舎カタログ】山陰本線33/134 浦安駅

2022.03.25

※2020年8月撮影

トップ画像は、山陰本線浦安駅。

ウラヤス?

浦安というと東京周辺の人間の多くは「TDL東京ディズニーランド」のイメージを思い浮かべると思います。口の悪い筆者の友人たちの多くが「浦安ディズニーランド」と呼んでいました。

斯く言う筆者も1983年(昭和58年)のディズニーランド開園以来、結婚前はガールフレンドたちとのデートコース。結婚し子供ができてからは定期的に子供を連れて出かける場所として数え切れないくらい通いました。1988年(昭和63年)に京葉線舞浜駅がTDLアクセス駅としてオープンするまでの5年間は東京メトロ(2004年に民営化されるまでは帝都高速度交通営団)東西線の浦安駅からバスに乗ってTDLに行ったものでした。1980年代はクルマで行くと駐車場に駐めるのに待ち時間がかかる上、正門まで遠かったのです。しかし子供が大きくなってからは行くこともなくなり未だにディズニーシーには行ったコトがありません。20年間行っていないのです。

話を山陰本線の浦安駅に戻します。

駅舎の前に琴浦町の観光案内の大きなボードがあります。その支柱の形状がユニークですが山と波を表現していて、琴浦町のシンボルマークとは無関係の様です。

※2020年8月撮影

浦安駅は、1903年(明治36年)官設鉄道が御来屋駅から延伸した終着駅として開業。当初の駅名は八橋(やばせ)駅でした。駅所在地が鳥取県東伯郡八橋町だったのです。1909年(明治42年)線路名称制定で山陰本線の所属駅になりました。1938年(昭和13年)東八橋駅に改称。

1928年(昭和3年)1.8km下関駅側に八橋浜仮停車場が誕生。1938年(昭和13年)に駅に格上げされて八橋駅になったことで東八橋駅になったのです。

1949年(昭和24年)浦安駅に改称。駅名は隣接している鳥取県東伯郡浦安町から付けられました。1982年(昭和57年)貨物取扱廃止。国鉄分割民営化でJR西日本の駅になります。2020年(令和2年)3月14日無人駅になりました。

駅出入口。建物財産標などは見つけられませんでした。駅が開業した1903年(明治36年)のオリジナル駅舎でしょうが、大幅に改修されています。出入口の切妻屋根はトタン葺きでしたが本屋の赤い屋根瓦には「JR鬼瓦」がありました。17駅目、赤い「JR鬼瓦」は2駅目です。すみません、写真をっていません。

※2020年8月撮影

米子行下り列車が来て「名探偵コナンイラスト列車」でした。次の由良駅が「コナン駅」なのでラッピング車両の写真を夢中で撮っていて、駅舎の写真、正面しか写していませんでした。流石に家を出てから12日目、暑い日が続く中、早朝から夕方まで木造駅舎を連日撮影して爺は少々バテ気味だった様です。

駅前で少し休んでいたら琴浦町営バスが来ました。

※2020年8月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


LINEで送る

オススメ記事