昭和恐慌の時代に建設されました【木造駅舎カタログ】和歌山線11/224 掖上駅

2022.07.25

※2020年12月撮影

トップ画像は、和歌山線掖上(わきがみ)駅。コンパクトな木造駅舎が下りホーム側にあります。

筆者が駅を訪問した2020年(令和2年)12月、上り線ホームに降りて、この年に新設された簡易駅舎を出ました。駅南東側の公道踏切を渡って木造駅舎のある下りホームに行きます。公道の踏切から掖上駅を見ています。左の上りホームを下りて右の下りホーム側の駅舎に行きます。構内跨線橋は撤去されています。

※2020年12月撮影

和歌山県道133号線沿いに木造駅舎があります。

掖上駅は、1896年(明治29年)南和鉄道が開業。1903年(明治36年)壺坂駅に改称。1904年(明治37年)南和鉄道は関西鉄道に買収されますが、1907年(明治40年)鉄道国有化法で関西鉄道が国有化されて国有鉄道の駅になります。1909年(明治42年)線路名称制定で和歌山線の所属駅になりました。37年間壺坂駅でしたが1940年(昭和15年)掖上駅に戻されました。1984年(昭和59年)駅は無人化。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR西日本に承継されます。

※2020年12月撮影

駅出入口。上りホームの新しい簡易駅舎にICカード簡易改札機が設置されていましたが、木造の旧駅舎にもあります。建物財産標があって記載は「昭和4年5月」となっていました。

昭和4年(1929年)と言えば、鉄道系デパートの嚆矢となる阪急百貨店が大阪梅田に誕生した年です。昭和恐慌で食堂でライスだけを頼み卓上のソースをかけて食べることが流行。阪急経営者の小林一三は「今は貧しくてもやがては家族を連れて戻って来てくれる」とライスに福神漬けを添えて出すように命じたという伝説が残っています。そんな時代に掖上駅舎が建てられたのですね。

駅舎に上がる階段の右に「御所市観光案内図」があります。

※2020年12月撮影

地図を見ると駅の北東に斉明天皇陵、王寺駅側の玉手駅の南側になりますが孝安天皇陵、さらに駅の南西に日本武尊(やまとたけるのみこと)白鳥陵も見えます。歴史のある土地柄を感じさせます。

掖上駅も駅前の道路幅があまり広くないので駅舎の正面が画面におさまりません。

※2020年12月撮影

窓はアルミサッシに交換され外壁や瓦屋根もキレイに改修されています。

※2020年12月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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