中山道の39番目の宿場・須原宿【木造駅舎カタログ】中央本線16/243 須原駅

2022.08.13

※2021年09月撮影

トップ画像は、中央本線須原駅。宮ノ越駅の駅舎ととてもよく似ています。

この駅も中山道の39番目の宿場・須原宿にあります。須原宿にも本陣跡などがあり、江戸時代には24軒の旅籠が並んでいました。駅前の旧中山道に沿って古い家並みが今も多く残っています。

北東から駅舎。駅前広場があります。

※2021年09月撮影

カメラを構えた筆者の後には幸田露伴の文学碑がありました。露伴の出世作、小説『風流佛』(1889年)は、22歳の露伴が須原宿に旅した時の記憶が描かれています。・・・と書きましたが筆者は露伴先生の随筆は愛読しますが小説作品は読みません。擬古典文に感情移入できないのです。

下記は文学碑に記されていた『風流佛』の一部。これでワン・センテンスです・・・。

「名物に甘き物ありて、空腹に須原のとろゝ汁殊の外妙なるに飯幾杯か滑り込ませたる身体を此尽寝さするも毒とは思えど為る事なく、道中日記注け終いて、のつそつしながら煤びたる行燈の横手の楽落を読ば山梨県士族山本勘介大江山退治の際一泊と禿筆の跡、さては英雄殿もひとり旅の退屈に閉口しての御わざくれ、おかしき計りかあわれに覚えて初対面から膝をくずして語る炬燵に相宿の友もなき珠運、微なる埋火に脚をあぶり、つくねんとして櫓の上に首投かけ、うつらうつらとなる所へ此方をさして来る足音、しとやかなるは踵に亀裂きらせしさき程の下女にあらず。」

※2021年09月撮影

須原駅は、1909年(明治42年)国有鉄道中央西線が野尻駅から延伸された際の終着駅として開業しました。1911年(明治44年)中央西線は東線とつながり中央本線と改称されます。1972年(昭和47年)貨物取扱廃止。1985年(昭和60年)駅は無人化。1987年(昭和62年)国鉄分割民営化でJR東海が継承。

建物資産標などは見当たりませんでした。おそらくは駅が開業した時の駅舎を改修して使用していると思われます。

※2021年09月撮影

駅舎前の小庭がなかなか魅力的。丸い郵便ポスト、コミュニティバス(くわちゃんバス)のバス停、左の消火栓。

※2021年09月撮影

駅舎正面の寄り。島式ホームには構内跨線橋で渡りました。

※2021年09月撮影

駅出入口。駅の時刻表では筆者が訪問したウィークデイの11時台には列車はありません。下りは10時台の松本行の次は12時台まで2時間、上りは9時台の中津川行の後は12時台まで運行がないのです。窓口はオープンして駅員さんがいましたが、利用者には会いませんでした。

※2021年09月撮影

※鉄道の撮影は鉄道会社、鉄道利用者、関係者などのご厚意で撮らせていただいています。撮影は何よりも安全が最優先。あくまでも業務・利用の邪魔にならないように、そしていつも感謝の気持ちを持って撮影しています。

(写真・文章/住田至朗)


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