千住大橋を渡り初め 神輿に遭遇【駅ぶら05】京成電鉄 本線21

2022.09.14

※2022年5月撮影

日光街道を南に進んで千住大橋旧橋に来ました。

その手前、足立区立大橋公園に松尾芭蕉「奥の細道 矢立初めの地」の碑があります。

※2022年5月撮影

これがその石碑ですが、光の反射で刻まれた文字はほとんど読めません。

※2022年5月撮影

1689年(元禄2年)松尾芭蕉は、門人曾良と共に深川から船で千住に降り立ち陸奥に出発しました。俳文紀行「奥の細道」に芭蕉は「千じゆと云所にて船をあがれば前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻のちまたに離別の泪をそそく」「行春や鳥啼魚の目は泪」と旅立ちの地、千住の情景と句を記しています。

また葛飾北斎が富嶽三十六景「従千住花街眺望ノ不二」などを描いた事を郷土の誇りとして顕彰するパネルが飾られていました。

※2022年5月撮影

アップです。

※2022年5月撮影

千住大橋旧橋の西側、歩道を歩いて隅田川を渡ります。右は東京都水道局の工業用水道専用の千住水管橋。

※2022年5月撮影

千住大橋、旧橋は全長91.6m、幅は24.2m。鋼タイドアーチ構造で施工は石川島造船所。1927年(昭和2年)12月竣工。日本最古のタイドアーチ橋で、もうすぐ完成から100年です。

隅田川を渡ると台東区南千住。構造とは直接関係がないと思いますが、端部にある装飾的な柱と手前には「昭和二年十二月竣工」の銘板。

※2022年5月撮影

台東区側から千住大橋旧橋の西側歩道部分をふり返っています。

※2022年5月撮影

「あらかわの史跡・文化財」案内、千住大橋の説明です。

※2022年5月撮影

内容の要約。

千住大橋は、文禄3年(1594年)徳川家康が江戸に入った後、隅田川に初めて架けた橋。工事は困難を極め、奉行を務めた伊奈備前守忠次が熊野神社(この後見に行きます)に祈願し工事は成就。以降橋の造営の度に残材での社殿修理が慣例になったと伝えられています。千住大橋が架橋されたことで小塚原天王社(現・素盞雄神社)天王寺祭の神事「千住大橋綱引」が始まったと言われています。

素盞雄神社のお祭り、神輿がやってきました。

※2022年6月撮影

実は、この数日前のウィークデイに素盞雄神社を訪ねました。その時に6月最初の週末に「天王祭」の神輿が練り歩くと境内に書かれていたので6月4日(土)の昼前に祭を見に来たのです。

「天王祭」は、往来の盛んな街道の夏に流行る疫病を、激しい神輿の振りで祓う悪疫退散・除災招福・郷土繁栄を願う祭禮です。

コロナ・ウイルス感染拡大でなかなか神輿を担ぐ機会もなかったのか、氏子の皆さん楽しそうでした。

※2022年6月撮影

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京成電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

 


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