※2023年5月撮影

トップ画像は「杉並区立塚山公園案内図」。予想していたよりも広いのでちょっと吃驚。この公園には「下高井戸塚山遺跡」を見に来ました。

杉並区教育委員会による案内板があります。

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※2023年5月撮影

その内容です。

「この遺跡は、区立塚山公園敷地一帯を中心とした旧石器時代(約3万年前)から縄文時代中期(約3千5百年前)にかけての集落跡です。

遺跡は、神田川と湧水によって侵食形成された舌状台地上全域に分布しており、遺跡の一部は公園南側の住宅地域にまで広がるものと推定されます。

昭和初期に発見されたこの遺跡は、代々所有者が替わった後も開発を免れ、全国でも屈指の縄文時代中期の環状集落として保存されてきました。

環状集落は、数世代から数十世代に亘って同一台地上で転々と地点を移動しながら集落を構成するため、最終的に台地の中央部(祭祀の場)以外は、住居で埋め尽くされてしまう特徴をもっています。また、本遺跡の場合は、数少ない環状集落である上に、台地緑辺部から内側に向かって時代が新しくなる傾向と未調査部分を含め、二百基程度の住居址が埋蔵されていることが解りました。

この下高井戸塚山遺跡は、縄文時代中期の環状集落として著名でしたが、昭和五十九年からの発掘調査では、ローム層中からナイフ形石器を初めとする多数の旧石器時代の遺物が出土しました。特に、ローム層第X層下部から出土した局部磨製石斧とナイフ形石器は、出土位置および形態から推定すると武蔵野台地では最古の石器と思われます。

この局部磨製石斧とナイフ形石器は、杉並区指定文化財とされ、区立郷土博物館に縄文土器とともに展示してあります。

平成四年三月 杉並区教育委員会」

どうですか? なかなか凄い遺跡でしょ?

まずは「復元住居」に向かいます。紫陽花が綺麗です。

※2023年5月撮影

実物大という感じの復元住居。

※2023年5月撮影

出入口の正面。

※2023年5月撮影

内部はこの様になっています。縄文人の家族。

※2023年5月撮影

「縄文時代の説明」があります。

※2023年5月撮影

要点を書きます。

ここ塚山遺跡の集落跡は約4千年前の縄文時代中期頃のもの。当時は長い縄文時代の中で徐々に涼しくなっていた時期。この家で人々は、雨・雪をしのぎ、眠りました。

まだ農業が始まる前の採取生活だったのですね。

公園の西側に「ふれあい広場」があります。

※2023年5月撮影

「縄文時代の植生」

※2023年5月撮影

内容は以下です。

「約1万年も続いた縄文時代は、いつも同じような気候ではなく寒期と暖期のくり返しで、集落のまわりの植生も変化に富んだものでした。

縄文時代中期は、今よりも涼しかったと考えられており、今の武蔵野の雑木林のような、櫟(クヌギ)、樫(カシ)、椎(シイ)、栗、橡(トチ)などの縄文人にとって大切な食糧となっていた樹木が生えていました。」

余談ですが、筆者は個人的に「気候温暖化」対策として、人類が莫大な資金を投下することに賛成しません。上記の様に「地球史の中で自然な寒期と暖期の循環」を主張する学者たちは「金儲けにならない」と無視され、ヒステリックな「温暖化に拠る人類の危機」だけがテレビやメディアでキャンペーンされています。「アレで儲けている連中がいずれ馬脚を現すよ」という生物学者池田清彦先生の主張に賛同します。二酸化炭素の無制限な排出はダメですが、抑制しながら代替エナジーを開発すれば良いのです。

・・・と余計なコトなど考えずに、とにかく気持ちの良い公園なのでウロウロしています。

※2023年5月撮影

大きな野球グラウンドもあります。

※2023年5月撮影

次回も、もう少し公園を歩きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)