※2023年5月撮影

トップ画像は「天台宗別格本山 浮岳山昌楽院 深大寺」境内。「元三大師堂」への階段下にいます。

階段の左に旧甲州街道「滝坂」(仙川駅)で紹介した「深大寺元三大師参詣の道標」があります。

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※2023年5月撮影

階段を上ります。

※2023年5月撮影

深大寺のサイトに拠れば、慈恵大師(元三大師)像を安置する「元三大師堂」。元の大師堂は幕末の火災で焼失。しかし被災直後の慶応3年(1867)に、本堂よりも先に再建されました。これは厄除元三大師が広く多くの信者を集めていたからです。

※2023年5月撮影

大師堂の脇にちょっと不思議な石仏が並んでいました。詳細は分かりません。

※2023年5月撮影

元三大師堂の西側「大明神 白山大権現 山王大権現」があります。社の右手前に立つ深大寺の案内に拠れば、

※2023年5月撮影

「江戸期の深大寺境内には十社に及び小祠があり、当時の境内の景観を伝える『新編武蔵風土記稿』や『江戸名所図会』等の古い鳥瞰図を見ると、天満宮や稲荷社・山王二十一社一棟などのお宮が存在していたことが窺えます。

この白山社は明治十八年(八十世住職・浮岳堯欽/うきおかぎょうきん)再建の時に白山・稲荷・山王の三神を合社したもので中央に白山権現(白山比咩神/はくさんひめしん)、左に稲荷大明神、右に山王権現(地主神)を祀っています。

白山権現は別名、菊理媛大神(くくりひめのおおかみ)とも言われ「くくりひめ」の「くく」は物事を「くくる」意味で人と人とを結ぶ“縁結びの神様”として慕われてきました。

稲荷大明神は“お稲荷さま”の名で親しまれ、穀物・農業の神として祀られ、時代の変化につれて商売の神や家を守る屋敷神として信仰あれています。

山王権現の由来は、伝教大師が比叡山の神である日吉大神(日吉大社)を天台宗の守護神として崇めたのが始まりで、中国の天台山国清寺に祀られていた地主神“山王元弼真君(さんのうげんひつしんくん)”になぞらえて日吉大神を“山王”権現と称しました。

当時の木札には「三月十八日再建」と書かれており、白山権現の本地仏である“十一面観音さま”の縁日にちなんだ再建でありました。」

国宝白鳳仏のある「釈迦堂」は残念ですが、撮影禁止。ぜひ、ご自身で拝観に訪問して下さい。素晴らしい国宝です。

筆者は「開山堂」が好きなので参道を上ります。

※2023年5月撮影

石段です。

※2023年5月撮影

あらあら、「擁壁工事のため、令和5年9月29日まで開山堂を閉堂します。」と書かれていて「立入禁止」です。

※2023年5月撮影

残念です。境内に「石田波郷と星野麥丘人の師弟句碑」があります。

※2023年5月撮影

筆者の亡き父が句誌「鶴」の同人で石田波郷を敬愛し星野麥丘人の弟子だったので、生前、ここに何度か連れて来たことがありました。

何とも美しい意匠の「瓦積み式土塀」があります。

※2023年5月撮影

社寺建築の外回りでときおり見かける土塀ですが、深大寺のものは素晴らしいデザインです。

深大寺の参拝、まだ続きます。

(写真・文/住田至朗)

※駅構内などは京王電鉄さんの許可をいただいて撮影しています。

※鉄道撮影は鉄道会社と利用者・関係者等のご厚意で撮らせていただいているものです。ありがとうございます。

※参照資料

・『京王ハンドブック2022』(京王電鉄株式会社広報部/2022)

・京王グループホームページ「京王電鉄50年史」他

下記の2冊は主に古い写真など「時代の空気感」を参考にいたしました

・『京王電鉄昭和~平成の記録』(辻良樹/アルファベータブックス/2023)

・『京王線 井の頭線 街と駅の1世紀』(矢嶋秀一/アルファベータブックス/2016)