【私鉄に乗ろう 33】北越急行ほくほく線 その1

2017.12.13

※この「私鉄に乗ろう」の写真は、筆者がプライベートな旅で撮影したものです。鉄道会社さんから許可をいただいていませんので、乗車券があれば誰でも入れる場所からの手持ち撮影、スナップ写真です。ポケットに入るコンパクト・デジタルカメラで撮影しています。

旧国鉄の北越北線として1968年(昭和43年)六日町〜十日町間 着工

北越急行ほくほく線は深い山の中を通っています。真ん中辺りにある松代村は1980年代になっても国道253号線薬師峠が雪で不通になるため直線距離で13kmの十日町に行くには柏崎・直江津を通って120kmもの迂回路を使うしかなかったのです。

しかし鉄道敷設計画の当初から地元と旧国鉄の新しい鉄道線に対する思惑に乖離があったためルート決定に様々な曲折がありました。旧国鉄サイドは首都圏と北陸本線を結ぶ貨物輸送の利便を重要視していたのです。実際に着工した後もカーブの曲率を緩くし、勾配も抑える方向で1983年の完成を目指して工事が進みました。

しかし1980年(昭和55年)には国鉄再建法によって工事は凍結されてしまいます。そこで1984年(昭和59年)に第三セクター北越急行株式会社が設立され工事が再開されました。

ここから開業まで時間がかかったのは、ほくほく線まつだい駅とほくほく大島駅との間で鍋立山を貫く9、116.5mの鍋立山トンネルの難工事でした。更に運輸省(当時、現・国土交通省)から北越北線に特急を走らせるアイデアが出されJR東日本などの出資で電化・高速化で工事が1997年(平成9年)にようやく完成、ほくほく線が開業しました。

同時にJR東日本は上越新幹線と越後湯沢で接続し金沢方面とを結ぶ特急「はくたか」の運転を開始しました。2002年(平成14年)には北越急行自社保有の683系8000番台車両が投入され160km/hでの運転が始まり所要時間が140km/h時代よりも1分30秒短縮されました。

2015年(平成27年)3月に北陸新幹線が金沢まで開業したことでほくほく線経由の特急「はくたか」は廃止されました。しかしほくほく線は独自の快速列車スノーラビットを越後湯沢〜直江津間で運行。この区間を1時間で結び、長野方面からの場合、北陸新幹線の上越妙高高原から直江津への所要時間と変わらずに料金は1000円安いという作戦で健闘しています。

筆者は、会社員時代に越後湯沢から特急「はくたか」に乗って何度も富山や高岡、金沢を往復したことがありました。しかし、ほくほく線の各駅停車に乗った経験はなかったのです。

実は2017年12月12日に乗車して撮影しましたが、この日は強風と雪で朝から大糸線は運休、信越本線も一部運休となる事態でした。直江津駅07:34発のほくほく線経由六日町行に乗る為にホームで雪交じりの超冷たい暴風に吹かれていましたが、実に30分近い遅れが発生していたのです。筆者はホームで剰りに寒いので「ガリガリ君」になっちゃうかと思いました。約30分遅れでやってきた北越急行HK100-8か9の「ゆめぞら」とHK100-5の2両編成です。※トップ画像参照

六日町に向けて先頭車両のHK100-5車内。とても親切な運転士さんで、右側のワイパーを動かしてくれるのですが、妙に神経質な方で、動かしっぱなしにはせず、動かしたり止めたりを分単位で繰り返すのです。それで肝心の駅の手前でワイパーが止まっていたりします。(泣)

直江津から犀潟までは信越本線を走ります。黒井駅は通過、犀潟駅が見えてきました。

犀潟駅ホーム。

ダイヤがすごく乱れていて、このほくほく線六日町行の直前に信越本線の長岡行が先行したので犀潟駅で降りたのは1人だけでした。

両側を信越本線が走り、真ん中をほくほく線が進みます。

勾配を登って信越本線を越えて右(東)にカーブします。

登り始めます。

この辺りでも時速80kmはOKです。

さらに速度が上がります。特徴的なスラブ軌道と開床式高架橋。

信越本線を越えて下ってゆきます。

かなりの急勾配です。

高架上をゆきます。

開床式高架橋が続いています。

ようやく築堤の上になります。

くびき駅の予告票。

駅が見えてきました。右の楕円形の駅舎は建築家の毛綱毅曠さんが設計したユニークな駅舎です。

ポイント部分に温水ジェット噴射装置があります。

流石に高規格線路を行くので揺れも少なく快適でスムーズです。これから先は山間部、トンネルが続くことになります。次回【私鉄に乗ろう 33】北越急行ほくほく線 その2 に続きます。

(写真・記事/住田至朗)


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