おなじみ「おぎのや」の器に盛られたうどん。群馬県産小麦を使用しています

荻野屋と聞けば鉄道ファンならずとも思い浮かべるのが「峠の釜めし」でしょう。群馬県安中市、信越本線「横川駅」前に本店を構え、1885年(明治18)年の横川駅開業当初から駅弁「おむすび」の販売を開始。1985(昭和33)年に「峠の釜めし」を発売したところ、これが大ヒット商品となり全国に名前を知られるようになりました。

味はもちろんのこと、「おぎのや」の銘が入った釜容器それ自体にも人気があります。お土産として持ち帰り、釜でご飯を炊いたりどんぶりとして活用しているという方も多いのではないでしょうか。SNSでは海外旅行者が旅先の飲食店で食器として活用されているのを見た、という投稿も見かけます。

「峠の釜めし」イメージ(写真提供:荻野屋)

そんな荻野屋ですが、「峠の釜めし」や駅弁だけで商売を続けているわけではありません。ホームページを見れば分かる通り、ダイニングレストラン「群馬の台所」や鉄板焼き「めら蔵」、麺類やパン・スイーツなどの販売も手掛けており、群馬県を中心に幅広く飲食事業を展開していることが分かります。

首都圏でもいくつかお店をオープンしており、笹塚におにぎり専門店、有楽町・神田に居酒屋といった具合に、気軽に荻野屋の魅力を楽しめる新業態の店舗が存在するのです。

【参考】有楽町駅の赤レンガアーチに最新グルメ空間! 5店舗一挙紹介、JR電車の音を聞きながらいっしょに乾杯! 信越線名物の進化版も出現(※2021年3月掲載)
https://tetsudo-ch.com/11327892.html

今回は2025年1月にオープンした「荻野屋 回 -kai-」に行ってみました。品川区五反田に昨年4月グランドオープンした「五反田JPビルディング」の1階フードホール「五反田食堂」内にあり、東急池上線「大崎広小路駅」が最寄駅。JR山手線や東急池上線の「五反田駅」からは徒歩5分ほど。

うどんがメインの新業態

「荻野屋 回 -kai-」は荻野屋の伝統である出汁に原点回帰した「うどん」メインの新業態。店舗前にあるタッチパネルで商品を注文し、食事が終われば返却口へ戻すフードコートスタイルです。

メニューは「峠の釜めしセット」(1,280円)、「峠のかき揚げうどん」(860円)、「釜あげうどん」(580円)「肉盛りうどん」(1,200円)など。温玉やきつねあげなどのトッピング、ご飯もの、数量限定の「峠のいなりずし」なども頼めます。

夜17時以降はお酒のつまみにもピッタリのコロッケやメンチ、天ぷら盛り合わせなども販売しているようで、仕事帰りに「ちょっと一杯」ができるのは嬉しいですね!

※値段は2025年4月取材時のものです。

今回は一番人気だという「峠の釜めしセット」をいただきました。

うどんもつゆもミニサイズ釜めしも「あの容器」に盛られています。うどんの器は本店の「峠の釜めし」と同じサイズですが、セットの釜めし容器は本店舗限定のミニサイズ

釜ざるうどんはしっかりとコシがありつつも硬過ぎたりはせず、つゆも薄過ぎず濃過ぎずの丁度良い塩梅で誰にでも安心して勧められる味わい。釜めしはミニサイズながら本店で出しているものと同じ具材が入っており、うどんと合わせると結構なボリュームがあります。

うどんをつけ汁で楽しんでから甘味のある杏子や栗をいただく、という具合にうどんと釜めしの味の違いが感じられるのがこのセットの良いところ。薬味も使いきれないほどたっぷりあるので、口飽きすることなく最後まで食べ終えられました。

一食1,280円はランチでは手を出しづらい価格帯に感じますが、昨今のインフレでランチ1,500円くらいのお店も増えてきた今、五反田でこの質・量ならコスパも悪くないでしょう。

手軽に「峠の釜めし」が食べられるのもありがたいところで、未体験の方はここで試してみるのも良いのではないでしょうか。「買ってみたいけど陶器をどこで捨てれば良いか分からなくて……」という方も、フードコートならその場で食べて返却口に戻すだけですから、気軽にチャレンジできます。

「なぜ五反田へうどん屋を?」荻野屋に聞く出店事情

ところでなぜ荻野屋は五反田にうどんメインのお店を出店したのでしょうか? 荻野屋首都圏事業部 浦野恵造部長に詳しいお話をうかがいました。

「五反⽥JPビルディングを運営する⽇本郵政不動産から紹介をいただき、出店の運びとなりました。出店に際しては、我々の強みを活かしたなかでも新たなチャレンジを取り入れたいと考えました。

荻野屋として『峠の釜めし』はご存じの方も多いと思いますが、明治18年の創業以来、日本料理の基本である出汁の味にこだわり続けています。『峠の釜めし』から他にも展開している駅そばの『めんつゆ』など荻野屋の味わいを支える重要な要素として継承されてきました。今回の店では、そんな原点回帰の意味も込め、歴史ある出汁を活かしたメニューの一つとしてうどんを中心とした店舗を展開させていただきました」(浦野さん)

うどんの小麦には群馬県産のものを使い、うどんと出汁にあった「かえし」を新たに開発。夜は一品料理も提供し、仕事終わりのビジネスパーソンのちょい飲み需要も拾います。オフィスビル内のフードコートなので、客層は近隣で働くビジネスパーソンが中心だろうと思いきや……

「我々もそういった方々をターゲットにしていたのですが、近隣にお住いの方がお越しいただくことも多く、土日の売上が良いんです。年配の方やご家族連れ、男女問わず幅広い客層に利用していただいています。『峠の釜めし』をお求めいただく方もいますが、荻野屋のうどんも食べてみたいというところで興味を持っていただけているようです」(浦野さん)

蓋を開けてみれば意外な結果になったようです。「峠の釜めし」の器を食器に使うのは荻野屋にしかできないことで、そういったところで物珍しさ、年配の方々にとっては懐かしさなども呼び起こされ、集客につながっているのかもしれません。

首都圏の新業態は荻野屋が成長を続けるためのチャレンジであると同時に、「峠の釜めし」の情報発信・認知度向上も兼ねているといいます。駅弁業界では「峠の釜めし」は誰もが知る代表的なブランドの一つですが、新しい道を模索しつつもブランドの知名度を維持し続けるための努力を欠かさない、そういった企業姿勢が垣間見える取材となりました。

有楽町の「荻野屋 弦」では「峠の釜めし」の”アタマ”を提供。美味しい食事とお酒を提供しつつ、ユニークな容器で「峠の釜めし」の認知度向上も図ります(写真提供:荻野屋)
「京王クラウン街笹塚」にて2024年に開業した「おこめ茶屋 米米 -めめ-」。おにぎり専門店がブームになって久しい感じもしますが、出汁に自信のある荻野屋が「峠の釜めし」の茶飯などでおにぎりを作るのは、他のお店には真似のできない強みです(写真提供:荻野屋)

最後に苦労話を一つ。

「峠の釜めしセット」に付いてくる「峠の釜めし」ミニサイズは「荻野屋 回 -kai-」限定商品なので、五反田でしか食べることができません。ただ、器が小さいため釜めしの具材を全種類盛り込むのが思った以上に大変なのだとか。「峠の釜めしセット」を頼むときは、感謝の気持ちと一緒にいただきましょう。

記事:一橋正浩

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